寄稿文
投稿者:バクシマ (35)
・・・それからしばらく日が経ってからのことだ。
いつものように、つまらない仕事から帰宅した俺は、ボロアパートの玄関を開けた瞬間に違和感を覚えた。
和風出汁の良い香りが部屋の中からゆらりと鼻をくすぐったのだ。
どういうことだ?・・・おふくろ・・来たのか??
しかし部屋の中は電気もついておらず、もぬけのから・・
薄明かりのなか、居間のテーブルの上に見慣れぬものがある。
「鍋」。
そこそこ大きい。こんな鍋はわが家にない。
なんだ?気持ち悪い。こわい。
警察を呼ぶべきか?
いや、もし身内の誰かの仕業なら多方面に迷惑がかかるしな・・
とりあえず鍋の中身を確認してから判断しようか・・・
仕方なく、男は部屋の電気をつけて、時計の秒針のようにゆっくりとした歩みで鍋に近づく。
猫の死骸とか入っていたらどうしよう。
色々な悪い予感が頭をもたげる。
・・・いや、動物の死骸どころか、生きているナニカの可能性もあるよな?
男は 鍋の中身が襲ってきても対処できるような間合を取りつつ、腕を伸ばして鍋蓋の取手をつかむ。
そして後ろに跳ねつつ、パッと蓋を開けた。
襲っては来ない・・・
再度、鍋に近づき中身を覗く。
おでん・・・
牛すじ、はんぺん、大根・・・旨そうではある。
だが、実家のおでんは関東風だ。牛すじは入らない。
・・・こいつは「イレギュラー」だ。
おふくろじゃない。
いったい誰が・・・
その後、ベッドの下や天井裏など隅々まで家探しをしたが、不審人物はいなかった。
さて、この状況どうしたものか。
とりあえず落ち着こう。
よし 酒だ。
冷蔵庫から日本酒と米焼酎を取り出す。
それをジョッキにと1:1の割合でなみなみと注ぎ、氷をぶちこみ、グイッと一飲みで空にする。
宮地オリジナルブレンドだ。
瞬時に胃は熱くなり、脳はアルコールにとろけていく。
・・・ああ、ちくしょう。もう怖いものなんてねえぞ。
男は台所からオタマを持ち出し、おでんのスープを啜った。
「う・・旨い!!これはたまらん!!」
ジョッキに再び宮地オリジナルブレンドをこしらえ、おでんを肴に独りで宴を始める。
牛すじ旨い。
大根ほろほろやさしい。
餅巾着ありがたい。
酒はどんどん、すすんでいく。
男は思う。
俺は部屋の侵入者を不審人物だと思っていたが、これは違うんじゃないだろうか。
こんな旨い鍋をもたらしてくれる人物は素晴らしい人だ!!
(※そんなわけはないのだが、変わり映えのない生活と嫌いな仕事に精神を蝕まれていた彼は、酒と現実逃避を追い風に、劇的な浪漫思考に飛び込んでしまったのだ。)
そして男は決意した。
「・・・そうだ 会いに行こう」
何だか最後までわからない話ですね。