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心霊

すだれさんによる心霊にまつわる怖い話の投稿です

「ねぇ、ねぇ」
長編 2022/02/27 04:04 2,203view

ハッとして母の方を向く。叫ぶでもなく語気を強めるでもなく、普段通りのよく聞く口調で聞こえてきた言葉に、硬直していた身体は震えつつも動かすことが出来た。前を向いて席に座った友人をちらりと見た母は目の前に現れた赤いトンネルを見据え、なおも普段通りの口調で喋る。

「何も喋ってないでしょ。妹ちゃん寝てるし」
「………」

「誰も呼んでないよ」

そう言って母はオーディオのボリュームを上げた。友人が特に好きな曲だった。明るい曲調の歌が耳に入り、思考が歌詞に集中する頃にはトンネルも抜け、声は聞こえなくなっていた。目的地で何を買おうか、という他愛のない会話を母や起きた妹と交わす頃には、磯の香りも冷たい気配も何もしなくなっていた。

「あのトンネルの辺りって報道があったの。女の人が自分の子供を連れて崖下に飛び降り…無理心中だったんだって。他の場所より流れが急じゃない場所だったから遺体は発見されたんだけど、岩場は険しいし長い間海水に浸ってたから、まあ、損傷は酷かったみたい」

以来、「生きていない存在」としての親子の目撃談はいくつかあったそうだ。トンネル脇のガードレールを突き破って崖下に落ちた車から救出された運転手は、「耳元で女が呼んで返事をした次の瞬間にはハンドルを切り損ねていた」と証言したとか。

「この言い方で気ぃ悪くしないで欲しいけど、聞こえてたのが君で良かったのかもしれない。もし運転していたお母様が聞いていたら……」

今頃友人たちの乗った車は…と最悪な想像をしながら友人を見る。すると友人はバツが悪そうに苦笑しながら「いや実は…」と続けた。

「あの時お母さんも聞こえてたらしいんだよね。心霊スポットだとは知らなかったけどトンネルと崖に関しても「あ、嫌な場所だな」って薄々思ってたらしい。聞こえた声はガッツリ無視してたんだけど隣の私が反応しちゃって焦ったって後から聞いた」

声が聞こえている事がバレたらどうなるか、容易に想像した母はその存在を否定するように、なるべく普段通りに振る舞った。友人の母の目にはバックミラー越しに友人の鼻先まで顔を近づけ「ねぇ」と迫る磯の香りを纏った水浸しの女が見えていたし、赤いトンネルの鉄骨の隙間から此方を寂し気に覗く水浸しの子供が見えていた。

「お母さんいわくあれ程目撃されてるならお祓いみたいなこともした事あるんじゃないかって。でもいまだに事故のたびに目撃されてるなら…まあ、そういう事でしょ。話しても解り合えないのよ。親子には寂しくて崖下に引っ張り込んじゃうのが悪い事って伝わらないし、私たちも親子が引っ張り込んで殺してしまうくらい寂しいのを可哀想と思っても100%理解できないし許容もできない。「ねぇ」って言われて答えても何もしてあげられないから、うん」

あまりそういう心霊スポットみたいなところで同情するみたいに考えこむのも良くない、ってお母さんに怒られたから、そうしてるかな。そう言って友人は手元の飲み物を口に運んだ。
自身の存在を知らしめるように見せる姿や訴えるような声はその存在を感じる事ができれば「頼られている」と思うのだろうか。
見えるもの、聞こえてくる声を無視するたび、この友人は理解できない…何もしてやれない無力感のようなものに苛まれているのだろうか。
これもまた見える体質と見えない体質では解り合えない部分だなと結論付け、「君に何事も無くて良かったよ」とだけ言うと、彼女は曖昧に笑って話を終わらせた。

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