ネズミ
投稿者:綿貫 一 (28)
「おばあちゃん。このくらい練ればいい?」
私は手に薄いビニール手袋をはめたまま、祖母に尋ねました。
「もう少しだね。みつかちゃんの耳たぶくらいの固さになったらいいよ」
祖母は、優しい声で私に教えてくれました。
ネズミに関しては非常に神経質になっていた祖母でしたが、それ以外の日常的なやりとりは、特に問題なくできました。
なので、私は団子を作りながら、祖母と色々な話をしていました。
「おばあちゃん。ネズミって確かに気持ち悪いけどさ、具体的にどんな悪さをするの?」
「そうだねぇ。
まず、アイツらの体は汚いからね。ノミやダニ、悪い菌なんかがついていて、病気をまき散らすんだよ。
それに、何にでも噛みつく。
家の壁に穴を開けるし、電気のコードを齧られて、そこから火花が出て、家が火事になったなんて話を、よく聞いたもんだよ」
なるほど、ネズミのもたらす被害は、思ったより深刻なようでした。
しかし私は、当時の祖母の態度から、「警戒」以上の「恐れ」や「憎しみ」の色を感じていました。
そんなことを、子供の言葉でたどたどしく伝えると、祖母はしばらく黙ったあとで、おもむろに口を開きました。
「――ばあちゃんがまだ子供だった頃、近所に若いお姉さんが住んでいた。優しい人でね。ばあちゃん、大好きだった。
そのお姉さんが、ある時、子供を産んだ。お姉さんに似て、綺麗な顔をした赤ん坊だった。
ばあちゃん、よく家に遊びに行っては、その赤ん坊を触らせてもらったもんだよ――」
遠い目をしながら、ゆっくりした口調で語る祖母。
私は、唐突に始まった昔ばなしに、一瞬、祖母の正気を疑いかけましたが、その瞳の奥にハッキリとした「恐怖」が映っている気がして、口を挟まずに耳を傾けました。
「ある夜、お姉さんの家から突然、悲鳴が聞こえた。
それまで聞いたことのない、ゾッとするような、気が狂ったような、誰かの声だった。
ばあちゃんの父親が、慌ててお姉さんの家に駆け出していった。
子供だったばあちゃんは、母親に止められたけど、お姉さんが心配で心配で、すぐに父親の後を走って追いかけた。
お姉さんの家に着くと、近所の大人が大勢集まって、なぜか皆、玄関の前でぼんやり突っ立っていた。
人垣の向こうからは、誰かの怒鳴り声と、そしてあいかわらず、狂ったような叫び声が聞こえていた」
祖母は、大人たちの壁をかき分けて、なんとか家の中を覗き込んだのだそうです。
そこで、幼い祖母が目にしたもの。
それは――、
「――地獄だったよ。
赤ん坊を抱えたお姉さんが、奇声を上げながら、クルクル、クルクル、独楽(こま)みたいに回ってた。
そんなお姉さんを、お姉さんの旦那さんが、怒鳴り声を上げて、なんとか押し留めようとしていたんだ。
それでもお姉さんは、クルクル、クルクル、クルクル。
まるで、お城の舞踏会みたいにフラフラ回り続けていた。
お姉さんが回る度、ピッ、ピッ、と何か赤いものが周囲に飛び散った。
そいつはね、血ぃだった。
よく見ると、お姉さんの腕に抱かれた赤ん坊――あの綺麗な顔した赤ん坊――の、小さな鼻と、耳が無かった――」
綿貫です。
それでは、こんな噺を。
ネズミって都会でしか見たことないからそこだけ引っかかる
ど田舎だけどネズミめちゃくちゃいました
遥か昔、たまに、天井裏にネズミがいたことがあります。