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不思議体験

とくのしんさんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

悲しい親子
長編 2022/12/01 09:34 8,399view
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俺は犬と共に駆け下りた。恐怖と好奇心の天秤は、最終的に好奇心に傾いた。
犬の用足しや臭い嗅ぎにヤキモキさせられながら親子との距離を縮めていく。前回と同じようなシチュエーション、唯一違うのは霧がないことか。
暗がりの中、親子は東屋に消えていく。寸前で俺は親子の姿を見失った。

「ほらみろ。お前のせいで追いつけなかったじゃん」
愛犬に文句を言ってみるが、呑気にヘッヘッヘッと息をついて知らぬ存ぜぬといった態度。視線を戻すと、ひっそりと佇む東屋の不気味さに、追いかけたことに後悔する。空っ風に雑木林がざぁっと音を立てて揺れている。あと数m歩けば東屋内を確認できるのだが、ホラー映画の一幕のような雰囲気に俺は気圧され、それ以上進むことはできないでいた。

ポーンポーンポーン・・・

不意に小さなゴムボールがこちらに向かって弾んできた。

「すみません、ボール取っていただけますか?」
東屋から女性の声が聞こえた。姿を消したと思われた矢先に話しかけられたことに、一瞬ドキっとしたものの、声を聞けたことに少しばかり安堵した。なんだ、幽霊の類じゃなかったのかと。俺は転がってきたボールを拾い上げる。

「すみません、ボール取っていただけますか?」
拾い上げたのも束の間、まるで催促するように母親が言葉を発した。そんなに急かすなら自分で取りにこいよとちょっと苛つく。そのとき犬が急に唸りだした。敵意剝き出しな低い唸り声。

「バカ、何唸ってるんだよ」
犬を宥めながら俺はボールを軽く投げ返した。東屋に向かってゆっくりと弾んでいくが、勢いが足りず途中で止まってしまった。

「すみません、ボール取っていただけますか?」
あーはいはい。微妙なところに投げてすみませんね。ってかそっちの方が近いんだから自分で取りに行ってくださいよ。
親子の誰一人として東屋から出てくる気配がないことに、幽霊かどうかなんてすっかり忘れて、その図々しさに憤りを感じていた。

唸っていた犬が堰を切ったように吠えだした。
「ほら、吠えるなよ!ただでさえ声でかいんだから」

俺は犬をさらに宥めつつ文句を言いながらボールに向かう。が、犬は頑としてそこから動こうとしない。無理やり引っ張ってボールを再び拾い上げた。

「すみません、ボールを取っていただけますか?」
繰り返し発する機械が話しかけてくるような無機質な問いかけに、俺は全身がゾワっとした。本当は犬が吠えだした理由がわかっていた。わかっていたが、俺は東屋をそーっと覗く。そこにはテーブルとベンチがあるだけで、誰もいなかった。
金縛りにあったわけではないが、俺は動けずにいた。厳密にはどうしていいかわからなかった。ただ、手に持ったボールがひんやりと冷たかったのは憶えている。

「うえええええええええええええええええええええええええん」
突如、東屋内から男の子の泣き声が響いた。

「うるさい!泣くな!なんでお前はいつも泣くんだよ!泣かないでよ!」
泣き声に続いて母親の怒号が響き渡る。気が付けば犬も吠えるのを止めていた。子供の泣き声とそれを搔き消さんとする母親の怒号が、目の前の無人の東屋から響き渡っている。

「だからお前はいつもいつも〇〇なのよ!!!!」 (※〇〇はよく聞き取れなかった)

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