悲しい親子
投稿者:とくのしん (47)
こんなあり得ない状況に、気が付けば俺は脱兎の如く逃げ出した。こういうとき悲鳴って出ないんだな。ほぼ真っ暗になった公園をひたすら犬と走っていた。背後では母親の怒号と子供の泣き声が聞こえる。それに混じって赤ん坊の泣き声も聞こえた気がした。
俺は一心不乱に走った。もう息が切れて倒れるかもって思うくらい走った。
堤防を駆け上がったところで限界を迎えた。いや、よくここまで走ってこれたなと思うくらい息を切らせてへたり込んだ。ここで追いつかれて何かされるならもうそれでいいやと思うくらい限界だった。幸いにもあの親子は追いかけてこなかった。
あの親子を見たのはそれが最後だった。
今回この話を書こうと思ったのは、あれから間もなく俺は転職を機に引っ越しをしたが、数年ぶりにこの土地を訪れたことがきっかけだ。ふとあのビオトープが気になって足を運んでみたが、当時と何ら変わりのない風景がそこに広がっていた。
あの親子が何者だったのか、今でもわからない。
見間違いだったのか、それとも本当に幽霊の類だったのか。誰かの悪戯だったのか。
ただ、こんな話を聞いた。近くのニュータウン的な住宅街に、子育てに悩んだ末に子供を道連れに心中した母親がいると。母親はよくこのビオトープに子供を連れベビーカーを押して散歩する姿が目撃されていたそうだ。
それがあの親子かどうかも定かでないが、仮にそうだとしてなぜ俺の前に現れたのかはわからない。幽霊だとするならば、たまたま波長が合っただけかもしれないが、あの東屋での一件は酷く恐ろしかった。本当に怖かったし、二度と近寄りたくないとすら思った。
しかし心中した親子の話を聞いてそれがあの親子とするならば、もしかすると姿を見せていたのは誰かに気づいて欲しかったのではないか。今思えばあの叫びは子供を叱る声ではなく、誰かに救いを求めていたのではないか。
我ながら都合のいい解釈だと思う。でもあの親子がまだあの公園を彷徨っているのであれば、どうか一日も早く救われて欲しいと願わずにはいられない。だって俺が見た公園を散歩する親子の姿は紛れもなく仲睦まじい親子の姿であったから。
子を持つ身となった今だからこそ心からそう思える。せめてあの世では苦しまずに仲良くして欲しいと
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