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不思議体験

タナカ(仮)さんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

私は、ある意味では死にました
長編 2022/10/10 17:05 8,462view
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まだ、私が都内で電車通学していたころですから、もう十五年以上前になるでしょうか。

知人が私の顔を見るなり、あちこちで「タナカくん(私のこと、仮名です)を見かけた」、と急に言ってくるようになりました。

「タナカくん、昨日、スーパーの向かいの立ち飲み屋さんにいたよね。通りがかって手を振ったのに、気づいてくれないんだもん」

「タナカくんさあ、昨日の夜、交番のところのコンビニにいたよね。いつも買ってるの、あの銘柄のたばこだっけ?」

「タナカくん、一昨日、あすこの二階のバーで飲んでたよね。この前、俺も先輩に連れられて行ったんだけど、ああいうところにも一人で行くんだね」

知人同士のまったくふつうの会話であると思われるかもしれませんが、これにはひとつ妙な点がありました。こういう話のどれひとつとして、私には身に覚えがないのです。私は知人たちの言うような日時に、知人たちの言うような場所にはまったく行っていなかつたのです。

それでも、知人たちの見かけた人物というのは私に実によく似ていました。他人の空似と言いますし、同じような雰囲気の人物がたまたま近い生活圏にいただけだと最初は思ったのですが、知人たちの言う人物の外見は相当特殊なもので一致していました。

オールバックに固めた長めの頭髪。
黒いフレームの丸メガネ。
口ひげに、もみあげから顎を一周する顎ひげ。
濃い色のジャケットに襟付きの色シャツ。
下にはデニムを履いて、足元は下駄履き。

奇抜な出で立ちに思われるかもしれませんが、これが当時、文学部の学生だったころの私が毎日のようにしていた装いでした。他人とはちょっと異なる出で立ちであるだけに、同じような恰好をした同じような年頃の人物が、限られた地域でそうそう頻繁に見つかるようにも思われません。

もしかして知人同士に面識があって、みんなで私のことを担いでいるのか、とも思われましたが、知人どうし全員が互いに面識があるわけでもないことから、恐らくそんなことはないでしょう。

「ドッペルゲンガー」ということばが、ふと脳裏に浮かびました。それは、もうひとりの自分自身であり、「遭遇してしまうと死ぬ」などという言い伝えもあるようです。その正体は自分自身の生霊であるとか、自分の罪の意識が生み出した幻覚であるとか、いろいろに言われているようで、そういえば当時愛読していた芥川龍之介の短編にも登場していました。

まさか…。

バーで私を見かけたという知人とは大学で比較的よく話す間柄だったので、特に詳しく話を聞いてみました。彼によれば、私らしき人物が、私のいつも吸っているたばこを咥えて紫煙をくゆらせながら、私が愛用しているのとそっくりな万年筆でなにか小難しい書き物をしていた、と言います。

不気味になった私は、その知人からバーの場所を聞き出して、とにかくその店に行ってみることにしました。もしもその人物がバーの常連客ならば、きっと頻繁に足を運んでいるはずであり、店員や常連客からうわさを聞くこともできるだろうし、そのうちに本人があらわれることもあるだろう、と考えたからです。私は二十三区から少し離れた学生街に住んでおり、問題のバーは、私がよく足を運ぶ隣の駅から出てすぐの、目立たない、雑居ビルの二階に入っていました。

バーの看板には往年の映画からとったと思しき店の名前がついており、窓から垣間見える店内も渋い感じで、当時の自分のような若輩者が常連客の紹介もなく突然入店するには気後れしてしまうような店でした。

それでも強いてドアを開いて入ってみると、八人くらい座れるL字型のカウンターに、四人がけの小さなテーブル席が二つついた、こじんまりとしたバーでした。棚にはウイスキーがたくさん並んでいます。

カウンターの中から「いらっしゃい」と声をかけてくれたのは、三十歳くらいの綺麗な女性でした。お店の外観から渋くて頑固なオジサマのマスターを想像していたので、少々意外でした。

まだ早い時間だったからか、店内に先客はおらず、私一人でした。女性がにこりとして声をかけてきます。

「タナカさん、いつもの?」

初めて店に入ったのにもかかわらず投げかけられた、「いつもの?」という問いかけに私はぎょっとしました。よほど妙な表情をしていたのでしょう。女性は心配そうにことばを重ねました。

「どうしたの?」
「あ、いえ。あの、どうしてぼくの名前を…?」
「どうしてって。ちょっと大丈夫?いつも来てくれてるでしょう?」
「え、あれ…」

現実にあまりにもわけのわからないことが起こると、どうも人間、思うように声が出ないようです。店員の女性が言うには、私は毎週のようにこの店に来て、ラム酒を飲みながら、難しそうな哲学の本を広げている、と。確かに、そのころの私はラム酒ばかりを飲んでいましたし、大学での専攻も哲学でした。女性(ミヤビさんというらしいことがわかりました)は私が沿線の大学に通う学生だということも言い当てました。しどろもどろになって、ぼくはなぜかミヤビさんに話を合わせようとしていました。

「あ、あの…何か最近飲みすぎてて覚えてないっていうか…」
「そう?若いからってあんまり飲み過ぎちゃ駄目だよ。お水要る?」
「あ、どうも…」
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コメント(14)
  • 傑作

    2022/10/10/18:30
  • 痛みいります。

    2022/10/10/21:13
  • この文章の巧さはもしや…

    2022/10/11/10:54
  • 素晴らしい

    2022/10/11/12:56
  • 最後のほうマジでゾクゾクした

    2022/10/11/18:11
  • とても不思議で不気味な話
    ドッペルゲンガーなのでしょうが異世界も感じてしまいました

    2022/10/11/22:41
  • 久々にこんな怖くて面白い話読んだかも
    もっと有名になって欲しい

    2022/10/12/12:51
  • 似たようなお話が、かつて世にも奇妙な物語でも放映されていたような気がするね。
    自分から見た自分と、他人から見た自分。気がつくと認識や行動の食い違い?がいつの間にか生じている。
    それまでの自分が、後から来た”自分”に乗っ取られる・成り代わられる・なりすまされる・入れ替わる・・・・そして。
    「そんなばかな!これはわたし(おれ)じゃない!」と。

    2022/10/16/17:16
  • このサイトでもトップクラスの話ですね
    他の方とレベルが違う

    2022/10/18/12:40
  • 顔が変わるはきっつ・・・
    ためはち

    2022/10/21/07:48
  • 凄い話だ…怖いし面白かった

    2022/10/22/13:40
  • こりゃ面白いわ
    映像化したの観てみたい

    2022/10/27/14:55
  • 江戸川乱歩の作品の様な不気味さがあり非常に面白かったです。
    一気に読んでしまいました。

    2022/10/28/20:09
  • 不思議。
    怖い。
    よく投稿してくれました。

    2022/10/31/17:25

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