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不思議体験

高崎 十八番さんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

春風に告ぐ
短編 2024/04/19 18:17 561view

 桜の蕾が綻ぶ頃。頂上から瀬戸内海を一望出来る山へと、彼はA子を車で連れていった。

 その山の名は、花見山と言い、桜の名所として有名な山である。昔から大事な話をする時は、決まって花見山にある桜の木の下に連れられてくることを思い出した。告白された時も。どこの大学に進学するのか報告した時も。初めてキスをした時も。いつも花見山であった。高校から付き合い始めて、気付けば九年の歳月が経とうとしている。そのため彼からプロポーズされることをA子はなんとなく察した。

 花見山の麓にある駐車場へ車を停めると、そこからは徒歩で山を登る。高校生の時から訪れているA子にとっては、山道というよりかは散歩道に近い感覚だ。そのため軽快に登っていく。するといつもの桜の木の場所まで辿り着いた。彼は、少し照れ臭そうにしながらもA子の想像していた通りプロポーズをしてきた。

 花見山からの帰り道。陽が沈みかける中、彼の運転でA子は帰路につこうとしていた。「入籍の日はいつにしようか?」などと車内で仲睦まじく語り合う。これから先のことを2人で話し合う中、A子の彼が運転する車に、対向車線を走る大型トラックが此方へ正面衝突してきた。事故原因は、トラック運転手の居眠り運転であったそうだ。幸いにもA子は、右足の骨折だけで済んだのだが、彼は運悪く搬送先の病院で息を引き取った。

 入院から数日後。A子の病室では、彼の両親が泣いている。しかしA子は、突然襲いかかってきた現実を受け止め切れなかった。A子は意を決して、無断で病院から脱走し、彼を探すことに決めた。松葉杖をついて、バスを利用しながら花見山へと向かう。そこは以前まで、彼と共に歩く微笑ましかった散歩道なのだが、今では忘れることのできない交通事故でのことを思い出す散歩道へと変わっていた。

 頂上に辿り着くと、桜は散っており、山は夏への準備に取りかかっている。するとA子の背中を包み込むようにして、海岸側から春風が勢いよく吹いた。その春風にのって「また生まれ変わったら」という男の囁き声が、何処からか聴こえてきたという。その聴き慣れた声の主は、間違いなく彼の声である。そうA子は確信した。

「私も春風にのせてほしい」とA子は告げるが、背中を包み込んでいた春風は、次第に体から離れて去っていく。彼の死が現実であると漸くA子は理解し、その場で赤子のように泣き崩れたそうだ。

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コメント(1)
  • めちゃくちゃ感動した😭

    2024/04/30/14:43

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