迎えに来たおじいちゃん

それからは今までのことが嘘のように、おばあさんはちゃんとご飯を食べ、家の中だけではありますが自分で歩くようになりました。
認知症も調子が良い日が続き、家族とも機嫌よく会話をするほど元気になったそうです。

やがて、お兄さんのお嫁さんが、無事赤ちゃんを出産しました。
初めて曾孫に対面したおばあさんは、赤ちゃんを抱っこして、
「ああ、かわいいねえ。曾孫いうんはかわいいんじゃねえ。ほんまに曾孫を抱けるとは思わんかった。おじいさんが喜ぶねえ」
と、心から喜びました。

その様子を見て、Rさんはふと、あの日の夢に出てきた兵隊さんを思い出しました。
そして、なんとなくおばあさんに尋ねてみたそうです。

「おばあちゃん。兵隊さんと、曾孫を抱くって約束しとったん？」

おばあさんは認知症だし、本気で返事が返ってくるとは思っていませんでした。
しかし、おばあさんはRさんの言葉を聞くと真面目な顔をして何度も頷き、

「戦死したおじいさんがなぁ、わしゃあ若ぅして死にゃあならんから、おめぇは曾孫抱くまで長生きせぇ言うて夢枕に立ったんじゃ」

と言いました。

「あたしははようあの人んとこ行きたかったんじゃけどなあ。ほいでも、曾孫は可愛いねえ。長生きせぇいうたあの人の言い分もちいたあわかったわ」

あとから父親に聞いたところによると、Rさんのおじいさんは、Rさんのお父さんがまだおばあさんのお腹の中にいる時に戦争に取られ、そのまま家族に再会することなく戦死してしまったそうです。
子どもが産まれ、抱くことを本当に楽しみにしていたそうですが、叶うことはありませんでした。
享年25歳の若さだったそうです。
おばあさんは夫に赤ちゃんを抱かせてあげることもできなかった、もう二度と会えないのか、これから子どもと2人でどうやって生きていけばいいのかと、毎日泣いて暮らしていました。
自分も後を追って死にたい、とまで思い詰めたそうです。
そんな時、夢枕に死んだはずの夫が現れて、

「そげぇに泣くな。わしはいつも見守っとる。わしはこげぇ若ぅ死んでしもうたから、おめぇは代わりに長生きしんさい。曾孫を抱くくらい長生きしんさい。ほいで曾孫がどげぇに可愛いかわしに教えてくれたらええ。それまで頑張ったら、わしがきっと迎えにいっちゃる」

と語りかけてきたのだそう。
おばあさんはその夢の通り、遠い終わりの日に夫が会いに来てくれることを心の支えにして、苦労を乗り越えたのだそうです。

「俺が子どもの頃は、この話を何回もばあさんにしてもらったなあ。そういえば、いつのまにか忘れていた」

と、Rさんの父親は言ったそうです。

それからしばらくして、また不思議なことが起こりました。
家族全員が全く同じ夢を見たのです。

真夜中、皆が寝静まったころ、ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴り響きます。
すると、廊下の奥にあるおばあさんの部屋の襖がスッ、と開き、
中からおばあさんが出てくるのです。
おばあさんは、とても軽やかな足取りでヒタヒタと廊下を進み、そのまま玄関のドアを開けます。
外には兵隊の姿をした若い男性が立っていて、おばあさんに手を伸ばします。
おばあさんはとても嬉しそうにその手を取り、2人はもう二度と離すまい、と言わんばかりにギュッと手を握ります。
そして、2人して家の中を向くと、ゆっくりとお辞儀をして、
「お世話になりました」
と、兵隊さんが静かな声で言ったそうです。
そのあと、2人は幸せそうに微笑み合いながら、夜の道に消えていったそうです。