工場には出ない

研修自体は難しい内容もあったが、仕事をするにあたり
必要な経験であることは理解していたしやりがいも感じた。
廻りの人達も親切な人ばかりで、工場入りした翌日には
Ａは、この研修は実りのあるものになりそうだ、来て良かったと思った。

しかし工員さんたちと私的な会話をするようになると、
時々、微妙な反応をされることがあった。
そしてやがて、その反応は自分が工場内に寝泊まりしていることを
言ったときに現れることに気が付いた。
どうやらやはり幽霊が出るという噂があるようで、
そのあたりを気遣いされているようだった。

そうなるとやはり気になるので、ＡはＫ専務に素直に聞いてみた。
この工場には幽霊が出るという噂があると聞いたのですが、と。
K専務は軽く笑い飛ばすような感じで即答した。
「ウチの工場に幽霊が？そんなの出ないよ。」と。
でも幽霊が出ると聞きました、と問うと、
Ｋ専務は「多分、こういうことだと思う」と話をしてくれた。
今回のような新人研修の受け入れを始めて数年になるが、
研修で宿泊する新人さんには、
夜になったら1人で事務室などには入らないでね、と申し渡している。
それは普通の意味で、一応は他の会社の人間なのだから、

他社の中を無意味に動き回らないようにしてね、という意味でだ。
けれどもそれを「幽霊が出るから、というのが本当の理由」と
冗談で面白おかしく脚色して言いふらす人もいるようなんだ、と。
そう言われてＡも、そうなのかもな、と納得した。
確かに夜は、宿泊室や社食、シャワー室は別だが
事務室などの仕事場スペースをうろつかないようにと言われたし、
自分も当然のごとく、会社内には社外秘の書類なども置いてあるのだから、
部外者の自分がそのように注意されるのは当たり前だと思っていたので。
Ｋ専務の話に納得したAは、そういうものだったんだろうな、と
その後は幽霊話関係を気にしないで研修に集中するようになった。