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不思議体験

たかぴろんさんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

姦
長編 2021/08/03 12:08 10,467view
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「何があったの、どうしたの?」
僕は家の外で時計くんに尋ねた。しかし彼は恐怖に震えるだけで、返事ができるような状態ではなかった。
どうしたらいいのか分からず、僕たちは家の前で立ちすくむ。2人の影だけが、夕日に逆らって伸び続けていた。

時計くんと別れた後、家の前で母の帰りを待った。
間もなくして母が帰ってきて、一緒に家に入ったが、そこにあった嫌な気配はすっかり消えてなくなっていた。あれは一体、何だったんだろう?

その翌日から、時計くんは人が変わったようになった。話しかけても無視をするし、僕が近づくと彼はそれとなく避けた。
決して多くはないものの、何人か友だちがいた彼だが、誰とも関わらなくなった。
また彼は、よく誰もいない場所で首を振る妙なクセを身に着けたようだった。ぐるぐると、円を描くように首を回すクセ……それは以前の彼にはないものだった。
一度、放課後の校舎に忘れ物の宿題用ノートをとりにきて、ゾッとしたことがある。時計くんが、誰もいない廊下でぐるぐると首を回し続けていたのだ。
僕はそのまま引き返し、翌日素直に先生に叱られた。

翌月、彼は転校してどこか遠くへ行ってしまった。その理由は、誰にも告げられなかった。

あの日、納戸で時計くんが何を見たのか、僕にはわからない。
もしどこかで彼に会えたとしても、きっとそれについて尋ねることはないだろう。それはもう、既に終わってしまった、遠い過去のことなのだから。

次にその女を見たのは14年後、つまり今から3年ほど前のことだ。
正直、彼女が17年前に見た謎の女と同一人物であるという保証はない。なにせ僕が少年のときにみたそれはただの後ろ姿だけであり、背格好はおろかおおよその年齢さえわからないのだ。ただ最初に見た女と二度目に見た女が、まったく同じ格好をしていたことから、僕は2人の女が同一人物であると推測する。

3年前の秋、僕は京都にいた。大学の友人と卒業旅行……のようなものをしていたのだ。
ようなもの、と書いたのは、そこにはプランなんか何もなかったからだ。とりあえず2人で特急列車に乗り込み、気まぐれに京都で降り、レンタカーでいい加減に名所を巡っていた。翌日の予定も、次の目的地も、5分後の自分たちの行動さえ予測不可能だった。

その夜、僕たちは安いカプセルホテルにチェックインしてから、あてもなく車を走らせていた。時刻は夜の10時過ぎだったと思う。友人……高橋が運転をしていて、僕は助手席から夜の鴨川を眺めていた。
それは車が丸太町橋の交差点にさしかかったときのことだ。僕はこちらに手招きをする女の姿を認めた。女は横断歩道すれすれの場所から、橋を渡り終え左折する僕たちの車の動きに合わせて、ゆらりゆらりと右手を動かしていた。女の年齢は30前後で、髪型は黒い長髪だった。
「おい、あれ」

僕は高橋に声をかけた。高橋は女の姿を見つけ、えっ、と驚いた声を漏らした。
「なんだあいつ」
女は口が裂けるんじゃないかと思うほど口角を上げて、にやにやと笑っていた。一度、ぐるんと不自然に女の首が回った。直後、首を回し終えた女と目が合い、僕は咄嗟に目をそらした。
その際、女の服装が目に入り、意識が遠のくのを感じた。白いワンピースに赤い日傘……あの日と同じだ。17年前の記憶が鮮明に蘇った。暗闇の中へ消えていく時計くんと、彼の恐怖に凍り付いた顔が脳裏にちらちらと点滅した。
「ヒッチハイクじゃね?」と高橋はふざけ半分で車を女のいる路肩に車を停めようとした。僕は「馬鹿」と叫んで、危険を承知でハンドルを右に切るべく腕を伸ばしたそのとき、「バン」という音がした。
音のほうを振り向くと、助手席の窓に例の女の顔が貼りついていた。大きく見開かれた目と、紅く塗られた口紅。女と目が合った。

恐怖に囚われている割に僕の頭は比較的冷静で、意識の底をかすめた既視感の正体を、17年前の女とは別の場所に見出した。中学の頃に流行した、チェーンメール。「○○日以内に○○人のひとに転送しないと、あなたは死にます」と書かれた本文に添付された恐怖画像で、ちょうどこんな顔をした女を見たことがあった。

僕はしばらく動けずにいた。高橋はポカンと口を開けたままハンドルを握りしめ、そのままの状態でいる。
「出せ」と僕は乾いた声を出したが、高橋は聞いていないようだった。もう一度、今度は彼の肩を揺さぶって「出せ!」と叫ぶ。そこでようやく、高橋は我に返りアクセルを踏み込んだ。
次の瞬間、衝撃が僕らを襲った。車道を走っていた車に衝突したのだ。ウィンカーも出さずに路駐状態からいきなり車線に飛び出したんだから、当然の報いといえる。相手はよりによってパトカーで、降車してこちらへ歩いてくる2人の警官を見て、高橋は頭を抱えた。

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コメント(6)
  • 白いワンピースに赤いスカートが気になって話に集中できんかった

    2021/08/03/20:59
  • 「日傘」の間違いです。修正しました。

    2021/08/03/22:30
  • 文章が巧みすぎてどんどんのめり込んでしまった…ほんと怖かった……

    2021/08/04/22:34
  • 母ちゃんには何もなく?

    2021/08/05/23:41
  • 時計くんも高橋君も取り込まれたのかな?
    怖い話だね!
    俺も夜中三時半頃コンビニ行く途中、
    白いワンピか全裸のロン毛の女がコンビニ隣の店の軒下に突っ立ってる見たことあるよ!
    特に実害はなかったけど。

    2021/08/08/23:52
  • 初めましてこんにちは。
    女の姿を想像してゾクゾクしながら読ませていただきました。
    とても怖かったです。
    実は、こちらの作品を朗読させていただきたいのですが宜しいでしょうか。
    もし可能でしたら、こちらのタイトルの読み方が「かん」で良いのかどうかを教えていただけると有難いです。
    よろしくお願いします。

    2022/09/02/11:40

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