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不思議体験

たかぴろんさんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

姦
長編 2021/08/03 12:08 10,560view
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でも僕は、内心ほっと一安心、というところだった。恐ろしい女よりも警官のほうがいくらかマシだ。
「そこにいた女の人が、手招きして、それでいきなり車に飛びついて、俺はびっくりして、それでアクセル踏んで、それで……」
高橋はしどろもどろになりながら状況の説明をしていた。警官は落ち着いてください、と高橋をなだめてから、こう言い添えた。
「女の人なんて、どこにもいないじゃないですか」

それ以来、高橋は一切車の運転をしなくなった。
だから3度目に女を見たときは、僕が運転席に座っていた――それが今年(2021年)の4月。
僕は会社を退職したばかりで、ある程度の金と自由な時間があった。そこで僕は広島で働いている高橋を尋ねることにしたのだ。
ただ飛行機や新幹線で行くのもつまらないから、僕は自分の車で旅行を兼ねて広島へ向かった。

神奈川から高速に乗り、適当に高速を降りて観光したり、ゆっくり温泉に浸かったり、意味もなく喫茶店に長居したりした。働いていたときはこんな風に時間をゆっくりと使うことができなかったから、それは僕にとって幸福な時間だった。そんなふうにして、ゆっくり一週間かけて広島まで向かった。

3年ぶりの再会だったが、高橋は相変わらず元気そうだった。ただ意図的に、京都で起きたことには触れないでおいた。あの出来事が二人の間に濁った水たまりのように佇んでいて、僕たちはそれを避けて会話をした。

九州に行こう、と高橋が言い出したのは、広島にやってきて一週間ほど経ったころだった。アパートにいりびたりダラダラしていた僕に、高橋は認可された有給申請書をつきつけて言ったのだった。

「なぜに九州?」と訊くと、「なんとなく」といつもの返事が返ってきた。

ということで、数時間後、僕たちは九州に向けて車を走らせていた。空は快晴で、トイストーリーの背景みたいな雲が楽しそうに浮かんでいた。
博多に着いたのは夕方だった。僕たちはキャナルシティでウォーターショーを見て、中州で屋台をめぐり、古びた映画館で昔の映画を見た。イケないお店にも行った。僕たちはまるで残りわずかな人生を楽しむように密度の濃い時間を過ごした。

翌日は大分に向かい、温泉と湯布院を堪能し、さらにその次の日は高千穂を経由して阿蘇山の雄大な自然を楽しみながら熊本へ向かった。熊本では特に何もしなかったが、広大な田園を走り抜けているだけで楽しかった。昔住んでいた家の前に会ったちっぽけな田んぼとは規模が違うなぁ、と思った。

そのとき、頭の片隅を例の女が掠めたが、僕はそのイメージを振り払い運転に集中した。今思えば、あのときに思い出された女は、その夜に起きる出来事を暗示していたのかもしれない。
その夜泊まる予定のゲストハウスは、熊本と鹿児島との県境にあった。熊本の次は鹿児島へ行くことになっていたし、何しろ値段が安かったからそこにしたのだ。
熊本~鹿児島間を車で走ったことがある人はわかると思うが、あのへんは深い森があるばかりで、夜は人影を探すことさえ難しい。ゲストハウスはそんな森に挟まれた国道沿いにあり、僕たちは夜の23時ごろに到着した。

結論から話す。結局、僕たちはそのゲストハウスに泊まることはできなかった。ゲストハウスのシャッターはなぜか下りていて入ることができなかったし、そもそもそのゲストハウスはひどく古びており、まるで廃墟同然の有様であったからだ。
僕は某ホテル予約サイトからその宿をブッキングしたのだが、チェックインは0時まで可能と書いてあったし、住所も、宿の名前もそこで間違いがなかった。ただ写真だけが違っていた。エントランスも、建物の外観も、予約サイトに掲載されている写真はどれも新築同然にピカピカしていた。

早速予約サイトに問い合わせようとしたが、電話の受付時間は終わっていたし、ゲストハウスの番号にかけても「この番号は現在使われておりません」という自動音声が返ってきただけだった。ホームページも閉鎖されていて、そのゲストハウスはそもそも営業されていないようだった。

僕は電話を切り、ため息をついた。僕たちはゲストハウスの暗い駐車場で完全に行き詰ってしまったのだ。

その駐車場には切れかけて点滅している街灯がひとつあり、明滅の中に周囲を伺うことができた。敷地にはなぜか塗装の剥げた古い鳥居と、ゲストハウス同様に崩れかけた小さなほこらがあった。そして自分たちの車の横には、オンボロの軽自動車が停まっていた。
軽自動車はあちこちが痛ましく凹んでいて、錆びも目立った。最初駐車場に乗り入れたとき、それは宿泊客のものか、あるいはオーナーのものだろうと思った。でもゲストハウスが運営されていないとわかり、それが誰の車なのかわからなくなってしまった。

僕と高橋は軽い口論のようなものをした。高橋は泊まれもしないゲストハウスの予約をした僕の責任を問い、僕は予約サイトが悪いと主張した。実際、僕は悪くないと今でも思っている。
「おい」
と、不意に高橋が僕を責めることをやめて言った。そして助手席から僕の方へ身を乗り出し、目を細めた。まるで視力検査でもしているみたいに。彼は運転席の窓を見ているようだった。厳密に言えば、窓の外側にある何か――つまり、停車している軽自動車を。

僕は彼の視線を辿った。そしてその先にあるものを見つけ、首を傾げて言った。
「なんだろう、あれ」
軽自動車の中で、影が揺れていた。ゆらゆらと、規則的に動き続けている。
「なんだろうな」と高橋が言う。
僕は高橋がするように目を細め、暗闇に目が慣れるのを待った。そして「それ」の正体がわかってくるにつれ、体内に黒い液体のような恐怖が満ちていくのを感じた。
不意に街灯がチラと光って、その白い肌を照らしたとき、僕は「それ」が人間であることを確信した。
彼……いや、彼女は長い髪を振り乱して動き続けていた。頭上に円を描くように頭をぐるんぐるんと回している。その動きは激しくなったりゆるやかになったりを繰り返していた。

3/4
コメント(6)
  • 白いワンピースに赤いスカートが気になって話に集中できんかった

    2021/08/03/20:59
  • 「日傘」の間違いです。修正しました。

    2021/08/03/22:30
  • 文章が巧みすぎてどんどんのめり込んでしまった…ほんと怖かった……

    2021/08/04/22:34
  • 母ちゃんには何もなく?

    2021/08/05/23:41
  • 時計くんも高橋君も取り込まれたのかな?
    怖い話だね!
    俺も夜中三時半頃コンビニ行く途中、
    白いワンピか全裸のロン毛の女がコンビニ隣の店の軒下に突っ立ってる見たことあるよ!
    特に実害はなかったけど。

    2021/08/08/23:52
  • 初めましてこんにちは。
    女の姿を想像してゾクゾクしながら読ませていただきました。
    とても怖かったです。
    実は、こちらの作品を朗読させていただきたいのですが宜しいでしょうか。
    もし可能でしたら、こちらのタイトルの読み方が「かん」で良いのかどうかを教えていただけると有難いです。
    よろしくお願いします。

    2022/09/02/11:40

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