「・・・姉さん、3度も自殺する男を運ぶっちゅうのはどないな心境や?」
不敵な・・・いや不気味な表情を浮かべた男とルームミラー越しに目が合う。
片桐は返答に困ったというより恐ろしさから声が出ず、ハンドルをただ握りしめていた。しばし、間をおいたあとその問いに返答した。
「お、お客さん。悪い冗談はやめてくださいよ。もし・・・もし本当にお亡くなりになられていたら、私のタクシーに乗るなんてできないじゃないですか。それともお客さんは本当に幽霊とでも?」
その返答に男は真顔になり、しばし沈黙した。
「フ・・・フフフ!フへへへへへ!」
男は下卑た声で笑いだした。
「すまんすまん!姉さん、堪忍してや!ちょっと驚かそう思うて冗談言うてしもうたわ。ほんま許してや」
男はそう言うと少し神妙な面持ちになった。
「ワシ、死に場所を求めてあちらこちら行ってんねん。〇〇の滝もその一つや。実は昔、別れた女房とここに一度だけ来てな。女房がえらく気に入った場所やったんで、ここなら死ねる思うたんやけど・・・」
男は一呼吸置いて言葉を続ける。
「せやけどなかなかあの世に行けんもんやな。まだこの世に未練があるっちゅうんかな」
その言葉を男が口にしたとき、ちょうど目的地に到着した。
1万円を受け取り、片桐が精算をしようとすると
「釣りはいらんねん。少ないチップやけど貰ってや」
そう言って降りる男に片桐は声をかけた。
「お客さん、生きていればいつかいいことありますよ」
その言葉を聞いて男はぴたっと立ち止まった。そして
「ギャハハハハハハハハハハハハ!」
下品な笑い声をあたりに響かせて男は言い放った。
「姉さん!ワイはもう死んどるんやで!いいことなんてあらへんわ!」
そう言い残し、男は凄い勢いで走り去った。
片桐は言う。
「本当に意味のわからない体験でした。あの男の目的も最後までわかりませんでしたし、あの話もどこまで本当かどうか。3度目の正直と言いますが、3度目でやっとあの男から解放された気分です。あの男が乗車してきたときはさすがに生きた心地はしませんでしたよ」
3回目の乗車以降、あの男が片桐の前に姿を現すことは無かったという。
あか