三面鏡

皆さんは三面鏡の有名な怖い動画を御覧になったことがあるでしょうか？

小さな女の子が三面鏡の前ではしゃいでいる様子を撮影したもので、鏡に向かって正面を向いたあとこちらを振り返るのですが、右側に写った女の子がこちらを凝視するというあれですよあれ･･･。今日紹介する話はそんな三面鏡に纏わるもの･･･。

とある美容師が体験した、世にも奇妙な体験談をご紹介します。

「いやぁこちらからすると借りてもらえるだけでも有難いですよ。何せ前の借りていた方が夜逃げしちゃったもんだから、手つかずで困っていたんです」

私の名は佐伯由紀(仮名)。

自分のお店を持つのは長年の夢でしたが、このたび晴れて独立をすることになりました。

そこでまず物件選びに奔走していたところ、長年付き合いのあるお客様からとある物件をご紹介いただくことに。そのお客様は不動産会社を経営される方なのですが、そのうちいくつかの物件をご紹介いただきました。

そのなかで気に入った物件があったのですが、少し曰く付きというか訳あり物件でして、

以前も美容室だった物件なのですが、忽然と店長が行方不明になってしまったそうです。以来、手つかずの状態で放置されたままとなっているそうで･･･。

そのため長らく借り手が見つからなかったこともあって社長さんは困っていたそうです。事情もさることながら社長の紹介ということもあって、相場よりも格安で借りることができるため、私は即決で契約することにしました。

「ここにある椅子とか備品とか、本当に使っていいんですか？」
「前の店長が行方知らずになってから弁護士に相談してね。契約に基づいて、家賃不払いを理由に店のなかのものは全て差し押さえしました。それからあれこれやって、今は法的に私の所有物になっているんです。だからどう処分しようが問題ない。でも私が持っていても仕方ないモノばかりですから。佐伯さんさえよければお譲りしますよ。処分するにもタダじゃないし、同じ美容室であれば使えるものもそれなりにあるんじゃないですか？私はここを借りていただけるだけで十分なのでね」
「そうですね･･･椅子とかカウンターとかオシャレで高そうなものばかりですよね。それにこのシャンプーチェアだって･･･凄くいいヤツですよ」
「そのへん私はわかりませんが、随分とお金かけていたみたいですからね」
「しかしなんで夜逃げなんかされたんですかね？結構、盛っていたじゃないですかこのお店」
「さぁ、理由はわかりませんけど借金でもあったんですかね」
建物自体は少し古いですが、駅前で立地もいいテナント。そのお店はそれほど広くはないですが、凄くオシャレな美容室で地元では有名店の一つでした。実を言うと私の憧れ的なお店の一つでもあったのです。

「できれば初期投資は抑えたいから、お言葉に甘えて使えるものは使わせてもらおうかな」

「えぇ、ぜひともそうしていただけるとこちらも助かります」
「こんな言い方したら失礼ですけど、宝の山ですよ･･･ほら、この三面鏡なんか凄く高そうですし！」
とびきり目についたのは、美容師が仕上がりを見せるために使用する三面鏡。海外から取り寄せたような、アンティーク調の見るからに高そうなヴィンテージものの三面鏡に私は一目で心惹かれていました。

居抜き物件ということもあり、看板の付け替えと内装は壁紙の貼替に一部照明を交換したりと最低限の改装を経て、無事オープンすることができました。前のお店のテイストは、私がこういうお店にしたいという雰囲気と合致していたので、残せるところは残しました。それもあってお店のリニューアルと勘違いされたお客様も多くいらっしゃいました。勘違い(?)されたお客様のおかげもあって、オープンから客入りは上々で最高の門出を迎えることができたのです。

それから間もなくして最初の異変は起こりました。若い女性のお客様に、カットの仕上がりを確認いただくため、例の三面鏡でご覧いただいたときのことです。

「きゃっ！」
三面鏡を眺めていたお客様が小さく悲鳴をあげたのです。私は虫でもいたのかと思いお客様にお声がけしました。

「どうかされましたか？」
その問いに、お客様は「なんでもない」と返答したあと、少し戸惑った様子ながらも再度仕上がりを確認して納得されていました。
お会計のときにはすっかり満足された感じで、次の予約をしてからお帰りになりました。