泣き声は背後から
投稿者:すだれ (27)
背後に立つ後輩の顔は見れなかったが、声は氷点下の海に浸ったのかというほど震えていた。
「…今日このシフト済んだら実家直行ですか?」
「いや、何か手土産でも買っていくよ頼まれたし」
「終わったら直帰できるように、今のうちにお土産何が欲しいか確認の電話してみたらどうです?ついでに奥さんたちの声も聞くのもいいですね」
「えー俺はしゃいでるみたいじゃない?」
「まあまあ、ちょっとやそっとはしゃいでも誰も何も言いませんて」
上司が携帯端末を取り出し、恐らく実家だろう、「もしもしお袋?今日の夜あたりに帰るけど…」と話し始めたのを聞いてゆっくりその場を離れた。
内輪の会話を聞くのも不躾だろうし、背後の震える後輩から詳しい話を聞きたかった、のだが。
「は?まだ着いてない?」
狼狽した様子のやり取りの後、通話を切ってからの上司は慌ただしかった。
「悪い。ちょっと抜けていいかな」
「何かあったんです?」
「妻と子供が…いや、店長には話すから」
「そう…ですね、その方がいいでしょう。シフトはこっちで回しときます」
「すまん、頼んだ」
ややもつれ気味の足取りで店を出て行く上司を、慌てすぎて事故らなければいいがと思いながら見送った。後輩は上司の背後を凝視しながら終始無言だった。
店長と他の従業員経由で聞いた話だと、上司の奥さんと子供は実家に向かう道中で行方がわからなくなっていた。予定の時刻には到着しておらず、奥さんの携帯も不通だった。
上司が職場を抜け、家から実家までの道を捜索した結果、奥さんの車が山中の車道脇に乗り捨てられるように停車しているのが発見された。
車の中にはチャイルドシートに乗せられた子供が取り残されていた。保護直後は脱水症状が見られたが、発見が早かったので命に別状も無かった。
車を運転していたはずの奥さんの姿はどこにもなく、この話を聞いた頃にも見つかっていなかった。
後輩は腑に落ちない、と顔面で語りつつ詳しくは話してくれなかった。こういう時は無理に聞き出さない事を信条としているので、後輩の聞いた声は灼熱の車中で父に助けを求める子供の声だったのか、と脳内で結論付けようという時、上司が店を訪ねてきた。
「やあ、あの時は世話になったね。シフト代わってもらって」
「いえいえ、それは構わないんですけど」
「…奥さんは、見つかったんスか」
「いや、まだ」
「通報してないって聞きましたよ」
「親族たちで探してるから」
「そうですか…」
「電話をかけてなければ子供の発見が遅れるところだった。感謝してるよ」
「ああ、あれも偶然で…」
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