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心霊

すだれさんによる心霊にまつわる怖い話の投稿です

覗く女
長編 2022/03/14 23:17 2,511view

母が一言発するごとに冷や汗が流れた。てっきり母に憑いてきた存在だと思っていた。しかし思い返せばどうだ。先ほど襖を開けて母が出てきた時、あの女は肩も触れそうなほど近くを通った母に一瞥でもしたか。いや、していない。血の気が引いていくのがわかる。「お母さんのこと…見てなかった…」とようやく震える声で紡いだ。そうだ。友人自身が見る時、黒髪の隙間から覗く充血した目は、瞬きを忘れたのかと思うほど微動だにせず凝視する目は、姿を認識してからずっと、「友人を見ていた」。固まる友人の名前を母が呼ぶ。

「部屋の前に立ってるらしいけど…お母さんには「何も見えてない」よ」

友人は悟った。あの女が憑いていたのは母ではなく自分だったのだと。

「…その女は結局どうなったの?」
「数日後には消えてた。それ以来、私も母も何の反応もしなかったから」

友人の母いわく、「友人についてきたのはいいけど物理的にそれ以上近づけないみたい。元々執着も薄くて力も強くないみたいだから、放っておいていい」とのことだった。しばらくは熱烈(?)な視線を感じていたがそれ以上の霊障もなく、その後女は消えた。友人は外のどこでその女と接触したのかまるで覚えがなかったが、母が語る執着の薄さを考慮しても憑いたのは偶然だったのだろう。

「色んな人に「そんなの見えないよ」って言われてきたけど、あの母から言われた瞬間が一番ゾッとしたかもしれない。なんだろうね、てっきり母に憑いてると思ってたから急に矛先向いて怖かったのかな」
「君にとってお母様は処世術を教えてくれた先輩…師匠であり一番身近な理解者だ。同じ景色を共有できない瞬間がふいに訪れたら不安にもなるだろう」

見えている景色が違うことを、理解が及ばないことを怖れるのは見えない側ばかりではない。理解されないということは、耐性をつけても恐ろしく心細いものだ。
茶を飲み干し、今回はこの辺りでお開きかという雰囲気になったところで「そういえば」と振る。

「君を見ていた鎖骨から上の女はわからないけど、君が以前見たずぶ濡れの女。彼女が徘徊していた町の先にある川は暴れ川として有名でね、整備されるまでは氾濫するたびに「人柱」を立てていたという文献があるよ」
「人柱?」
「川を鎮めるように神にお願いして、供物として縛った人間を川に放るんだ」
「あの女の人も人柱になったの?」
「いや、神に捧げられた供物は神に所有されるから、徘徊なんて自由に動き回れない。失敗したんじゃないか?儀式が」
「…顔を覗き込んでた。誰かを探してるみたいに…」
「恨みのような念を感じなかったのなら探し人は「自分を川に投げた人達」ではないだろう。人柱は村八分になるような人物か偶然立ち寄った根無し草の旅人か…いずれも身寄りがない人が選ばれる。身内じゃないとすれば探しているのは…」
「…………」
「儀式を失敗に導いた人」。供物にされる自分をこっそり助けて逃がしてくれた命の恩人。一言でもいい、礼が言いたいのかもしれないな」

もちろんただの仮説だけど、と付け加える。友人が複雑そうな顔をするのは予想していた。「深入りしない」「情を移さない」というのも母から教わった処世術だ。友人も自分に対して完全な理解や共有など求めていないだろう。何ならこの情報も蛇足だったかもしれない。しかし、それでも友人には見えてしまっているから。彼女本来の性格は母のように無視してキッパリと割り切れないことを知っているから。苦笑ではない顔で「探してる人見つけられるといいね」と小さく囁かれた言葉や、その言葉にしか乗せられない感情を受け止めるくらいは許されたいと思うのだ。

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