ネズミ
投稿者:綿貫 一 (26)
「嫌だわぁ……。
近頃、天井裏にネズミがいるのよ。
ガタゴト、カリカリ、タタタ――って、音がするの。
ねぇほら、聞いて? 聞こえるでしょ?」
祖母が、急にそんなことを言い出したのは、たしか、私が小学4年生の頃のことだったかと思います。
当時、長年連れ添った祖父を病気で亡くし、すっかり気落ちしてしまった祖母は、長男である父の薦めで、私たちの家に同居していたのでした。
田舎の築云十年だった祖父母の家とは違い、私たちの住む家は、都会の新築でした。
なので、ネズミなんか出るわけがありませんでした。
「おばあちゃん、きっと気のせいだよ。
この辺でネズミが出たなんて話、私、聞いたことないよ?」
孫娘である私の言葉に、初めこそ不承不承納得してくれていた祖母でしたが、そのうち、ネズミの存在感は、彼女の中で膨らんでいきました。
「ペン立ての鉛筆に、ネズミが噛じった跡があったの」
「床に小さな黒いものが落ちていたけど、これはネズミのフンよ」
「視界の端に、たまに黒いものが横切るの。
ネズミが天井裏から降りてきて、部屋の中を走り回ってるんだわ――」
祖母以外の人間が見れば、鉛筆は古びてちょっと傷がついていただけ、床に落ちていたものは、ただの黒い毛糸のゴミでした。
耳をすませても天井裏から音なんか聞こえませんでしたし、ましてや、部屋の中を走り回るネズミの影なんか見えませんでした。
しかし、祖母にとっては、それらは日々間違いなく起こっていたことで、
「夜中、天井裏を走り回るネズミの足音がうるさくて、よく眠れないの」
と、次第にノイローゼ気味になっていきました。
そんな祖母のことを父親が、
「かあさんも、親父が死んで、ボケが始まっちまったかなぁ?」
と言うのを聞いて、おばあちゃん子だった私は、とてもさびしい気持ちになったのを覚えています。
※
※
そんな、ある日のことです。
私は祖母の部屋で、祖母とふたり、お団子を作っていました。
お団子と言っても、私たちが食べるものではありません。
ネズミ駆除のためのホウ酸団子――つまり、毒団子です。
ホウ酸と小麦粉、玉ねぎ、砂糖、それに少しの水を混ぜ合わせ、よく練ったものをお団子の形にします。
それを天日干しして十分に乾かし、 表面に白い粉が浮いてきたら、ホウ酸団子の出来上がりです。
綿貫です。
それでは、こんな噺を。
ネズミって都会でしか見たことないからそこだけ引っかかる
ど田舎だけどネズミめちゃくちゃいました
遥か昔、たまに、天井裏にネズミがいたことがあります。