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ヒトコワ

砂の唄さんによるヒトコワにまつわる怖い話の投稿です

ある未解決事件について
長編 2023/04/15 15:25 13,866view
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警察は詳細を聞き出した。橋本さんは今日の朝8時に家を出て、S駅からバスに乗り、9時にはAボーリング場に着いた。そこで友人の木村さん、富田さん、中村さんと午後1時までボーリングをしていて、その後、近くの喫茶店で夕方まで過ごし、夜7時に帰宅したと話した。警察は「浜野さんから雪子ちゃんを預かってほしいと頼まれたか?」と橋本さんに尋ねた。橋本さんは過去に何度か預かりを頼まれたことは認めたが、「今日は預かりを頼まれておらず、昨日の夜に電話などなかった」と答えた。

浜野さんと橋本さんの証言は全く食い違っていたが、どちらが正しいのかその時点では判断できなかった。警察は最後に一緒にボーリングへ行った3人の連絡先を聞き取った。後から浜野さん夫妻が乗り込んでくる可能性もあったため、警察は数人の警察官家を家の近くに待機させて引き上げていった。しかし、その後に浜野さん夫妻が橋本さん宅に押し入ってくることなどなかった。翌日以降、橋本さんは警察に「浜野さんからは電話一つなく、事件の日からは会ってもいないし、話もしていない」と話していた。

次の日、警察は橋本さんが言っていた3人の友人、木村さん、富田さん、中村さんのもとへと向かった。3人とも簡単に連絡がついたため、警察官が実際に家まで訪ねて行き、それぞれから話を聞いた。3人の証言は一致していて、橋本さんが昨日話した内容と矛盾はない。木村さんは上着のポケットからボーリング場の領収書を取り出してきて警察に見せた。日付は確かに昨日のもので不自然な点も見当たらない。

3人とも橋本さんとほぼ同じ年齢だが、住まいの場所はバラバラで結構な距離がある。警察は橋本さんとの関係性をそれぞれに聞いた。3人の返答は同じで、「手芸サークルで知り合った」と答えた。そのサークルは個人のもので、公民館などではなく、メンバーの自宅を活動場所にしていた。各メンバーの家を順々に活動場所にしていたため、毎回特定の場所で活動していたわけではないらしい。橋本さんは一カ月前にその手芸サークルに加入し、そこで木村さん、富田さん、中村さんの3人と仲良くなり、一緒にボーリングへ行こうと約束をしたのだという。

警察はそのサークルの代表の連絡先を聞いたのだが、橋本さんを含め全員が「連絡が取れない」と答えた。3週間ほど前から電話をかけても通じないため、次の活動日は未定で、リーダーと連絡がつくまで活動は休止になっている、全員がそう話していた。警察が実際にそのリーダーの連絡先に電話をしたが、確かに電話は通じなかった。他のメンバーについても聞いたが、皆一様に他のメンバーの連絡先は分からないと話した。前に行ったはずの他のメンバーの家も全く思い出せないのだという。どこにも届け出がない以上、そのサークルについてはそれ以上何も分からなかった。

ボーリング場、喫茶店にも4人の顔写真をもって聞き込みをした。両方とも規模が大きく利用客も非常に多いため、どの従業員もよく覚えていないとのことだった。時代が時代だ、防犯カメラなどなく、目撃者の証言だけが頼りだった。

一方で浜野さん夫妻が参加したセレモニー、パーティーの参加者からは、確かに二人は会場にいたという証言が多く寄せられた。何より、会場内を映した写真に二人の姿がはっきりと映っているものが数枚あった。他にも多くの証言があり、パーティーが終了した午後5時までは浜野さん夫妻は会場にいた、警察はそう結論付けた。また、義男さんは会場までの行き帰りは同僚の車に同乗させてもらったと話していて、その同僚からも証言をとれていた。

浜野さん夫妻も橋本さんも証言の内容を曲げなかった。警察は橋本さんが周囲に口裏を合わせるよう依頼をしていたと考え、A子さんが見たピンク服の女性も橋本さんだろうと推論していた。つまりは、橋本さんが雪子ちゃんをデパートに連れ出し、トイレで殺害したのだと。しかし、その見立てでは不可解な点がいくつか出てくる。

1点目は移動手段だ。警察はピンク服の女性の足取りを探すために、その時間帯にデパート周辺を走っていたタクシー、バスの運転手に聞き込みを行っていた。ピンクの服の女性を乗せたという証言はなく、範囲を広げても有力な証言はなかった。橋本さんは自動車を持っておらず、自転車はあるが雪子ちゃんが一緒に乗れる大きなものではない。そうなると橋本さんと雪子ちゃんは徒歩でデパートへ移動したことになるが、浜野さん宅からデパートまでは大人の足でも40分はかかる。体力面からも、5歳の雪子ちゃんがその距離を橋本さんと一緒に歩いたとは考えづらい。

2点目はトイレ内の状況だ。雪子ちゃんはトイレの個室内で殺害されたと考えられていたが、雪子ちゃんは一人で問題なくトイレに行くことが出来た。母親の安子さんは「出先でも場所さえ教えれば一人でトイレに行き全部自分でやってしまう」と話していた。いくら親しいとはいえ、橋本さんが雪子ちゃんと同じ個室に入るという状況は不可解だ。雪子ちゃんが失禁して着替えのために入ったという可能性もあったが、事件当日、子供用の下着を購入した客はゼロだった。

一方で、自宅から下着を持参したのではという見方もあった。雪子ちゃんが着ていたワンピースとスカートは浜野さん宅にあったもので間違いなく、1階のタンスにしまってあったと安子さんは話していた。浜野さん夫妻が家を出た時、雪子ちゃんは上下とも灰色の服を着ていたので、あとからそれに着替えたことになる。その際、下着もタンスから一緒に出してきたのだろうという考えだ。だが、スカートや靴下には汚れた様子がなく、着替えのため一緒に個室に入ったという考えにも疑問が残る。

3点目は殺害方法だ。これは医師にも確認したことだが、橋本さんは手根管症候群という病気で左手の握力が弱い。日常生活に困るほどではないが、その状態で人を絞め殺せるものだろうか?雪子ちゃんには争った、抵抗した形跡がなく、強い力で一気に絞め殺されたと考えられる。果たして橋本さんにそれができただろうか?それ以上に、人を絞め殺すには後ろから紐をかけなければならず、正面から紐をかけても仕方ない。狭い個室で背後に回ることなど簡単にはできないはずだ。後ろを向く瞬間を狙ったとしても、向き合った状態で手に紐を持っていれば、子供とはいえ不審に思うだろう。

以上の点から橋本さんが犯人とする説には疑問が残るのだが、警察は橋本さんを有力な容疑者として捜査を進めていた。だが、橋本さんが雪子ちゃんを殺す動機がわからなかった。それでも、雪子ちゃんをデパートに連れだせるのは橋本さんしかおらず、共犯者がいるならば移動手段など説明がつく点も多い。主犯を捕まえれば共犯者も捕まり、疑問点も解消されるだろうという見立てだった。

警察はA子さんに橋本さんの顔写真を見せ、ピンク服の女性に似ているか尋ねた。「帽子をかぶっていたし、化粧も濃かったからよく分からない」A子さんは曖昧な返答をした。警察はA子さんを橋本さん宅の近くまで連れて行き、実際に橋本さんの姿を見てもらった。A子さんは「身長は同じくらいで、顔立ちも似ている気はするけども、やっぱり何とも言えない。ただ、声はもっと甲高かったと思う」と話した。少なくとも橋本さんがピンク服の女性であったと断定はできなかった。

一方で、警察は浜野さんの交友関係を調べ、恨みを持った人物がいないかを探していた。特に義男さんの勤めるN建設関連は念入りに調べた。N建設は黒い噂が絶えず、逮捕者さえ出ていないもの、叩けば埃が出ることは明白だった。だが、その建設会社は地元政治家との結びつきが強かったため、警察は詳しく調べることが出来なかった。

同僚から友人、学生時代の同級生まで調べたが、浜野さん夫妻に恨みを持っているような人物は見つからず、やはり本命は橋本さんとされていた。とはいえ、証拠が乏しいため思い切った動きが出来ず、膠着状態が続いた。

事件発生から12日目の午後9時、橋本さん宅が火事だと消防に通報があった。到着が早かったため、全焼は免れたものの一階部分はひどく焼けていたようだ。そして、寝室であった一階の和室で橋本さんの焼死体が発見された。遺体は全身が黒焦げで死因が何なのかさえ特定できない状態だった。警察は橋本さんが雪子ちゃんを殺害し、その重責に堪えられなくなって自殺したのだとみていた。

だが、橋本さんの焼死が自殺だとするといくつか不審な点があった。焼けた家は橋本さんが5年前に亡くなった旦那さんと長い間住んでいた家で、橋本さんはこの家に強い愛着を持っていた。実際、橋本さんは娘夫婦との同居話を「この家を守らなければ」と何度も断っている。「何があってもこの家を取り壊してはいけない」橋本さんが子供たちに繰り返し言っていたことだ。その愛着ある家を自分の手で燃やすだろうか?全てを清算するためという考えも一理あるが、橋本さんの預金や保険は何の手続きもされておらず、橋本さんが死の準備をしていた形跡はない。

また、調べてみると出火元は一階の奥にある台所で、床にガソリンがまかれていたことが分かった。橋本さんの遺体が発見されたのはそこから2部屋離れた寝室だ。寝室を死に場所に選ぶなら、そこにガソリンをまくのが普通だろう。橋本さんはわざわざ台所で火をつけてから寝室に戻ったことになるが、なぜそんな面倒なことをしたのだろうか。

ガソリン関連では、焼けてしまったと説明されればそれまでだが、家のどこからもガソリンの容器が見つからなかった。また、ガソリンの入手経路も不明で、近所にはガソリンスタンドがない。数キロ離れた通りに出ればあるが、橋本さんが重たいガソリンを持って歩くには結構な距離だ。そのガソリンスタンドの店員にも話を聞いたが、「ここ数カ月、車以外に給油した覚えはない」とのことだった。

ともかく、有力な容疑者であった橋本さんが死んでしまった以上、捜査はほとんど振り出しに戻ってしまった。それ以降も捜査は続いたが、大した進展はなかった。「この事件は半分解決した」警察はそう言い張っていたが、終ぞ、真相が判明することなくこの事件は終わりを迎えた。

さて、ここからはあまり公になっていない裏の部分だ。みなさんは雪子ちゃんの遺体の側に何があったか覚えているだろうか?そう小さなリュックだ。安子さんが「雪子が普段から使っていたものに間違いありません」と証言したので、リュックが雪子ちゃんの持ちものであることは分かっている。だが、その中には理解に苦しむものが入っていた。

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コメント(9)
  • 警察も踏み込めない組織や暗黙のルールが存在するのは知っていますが、まだまだこの国は闇が深い部分を秘めていますね

    2023/04/15/17:34
  • 警察は何のためにあるのかわからなくなりますよね。

    2023/04/16/02:18
  • 電話の証言の食い違いについてはなんで通話記録を調べないんですかね

    2023/04/16/23:00
  • 最初の女も、死んでた子もワンピースの上からスカート履いてたんですか

    2023/04/17/05:22
  • 2ページまでは緊迫感のある文章で、グイグイと引き込まれたが、最後に突然腰くだけになって脱力。それと投稿者はワンピースとはどういう衣類なのか一度確認したほうがいい。

    2023/04/20/02:43
  • 「ボーリング」って、穴掘りだよね。

    2023/04/23/21:38
  • 服装直したんですね

    2023/04/30/18:50
  • これ実話ですか?

    2023/06/05/17:04
  • 面白く読ませて頂きました。
    でも突っ込みどころがたくさんありますね。

    2023/12/02/05:21

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