代議士と黒い救急車
投稿者:とくのしん (53)
「例の男か。都合がいい」
代議士は後部座席に座ったまま、ひじ掛けから何かを取り外した。中からは黒い箱が出てきた。そしてその箱を開けると受話器のようなものが出てきた。この時代、携帯電話の普及はなかったため父はそれがなんだかわからなかったという。
「もしもし私だ。・・・そう秘書が事故を起こしてな。例の一台頼みたい・・・場所?場所は・・・」
父の目を見ながら場所はどこかと問う代議士に、父はおおまかな場所を伝えた。それを代議士は電話口の何物かに伝え通話を終えた。
「幸い人気のない場所で良かったな」
「しかし・・・先生。あの男は」
「心配いらん。少し待っていろ」
そう言うと煙草に火を点けた。
電話から15分くらいだろうか、ルームミラー越しに車のヘッドライトの光が見えた。それと車体の上部に赤色灯が回る光も見えたことから、代議士が救急車を呼んだのだと父は思ったそうだ。
しかし、サイレンが鳴っていない。この緊急事態になぜ?と思ったが、もしかすると代議士のスキャンダルに繋がりかねないとして、敢えて鳴らさないのかと考えた。
その救急車が近付いてきたとき父はその目を疑った。到着した救急車の色が黒なのだ。真っ黒な車体に不気味に赤色灯だけが光っている。到着した救急車のようなものを眺めていると、全身白ずくめの衣装をきた数人が降りてきた。例えるならどこかの研究機関の職員のような恰好だったという。
「後は頼んだぞ」
代議士は慣れた感じでその者たちに指示を出した。その者たちは無言のまま頷いて記者風の男に近づいていった。
「もう行っていいぞ」
代議士の指示を受けて父は車を発信させた。ドアミラー越しに黒い救急車を見ながら・・・
しばらく無言だった父に代議士が声をかけた。
「最近、私の周りを嗅ぎまわる男がいたのだがな。恐らくあいつだろう。〇〇新聞の記者だという話だ」
「そうですか」
力なく返答する父に代議士が言葉を続ける。
「そう気落ちするな。何も心配することはない。お前は良い仕事をした、それだけだ」
「いや、私のせいで彼は死んでいるかもしれないんですよ」
「だからいい仕事をしたと言っただろう?」
「人を死なせてしまうことのどこがいい仕事なのですか?」
「それが政治家の秘書の仕事というものだ」
代議士の言葉を到底理解できるわけもなく、また受け入れることもできないことから、父は責任を取るため秘書を辞めて自首することを告げた。
代議士は激怒するものと思っていたが、意外にも態度を変えることなくこう言ったという。
「あの記者は最初からいなかった。そういうことになる。だから警察に行っても時間の無駄だぞ」
しかし、父は自責の念に駆られその足で警察へと赴いた。事故を起こしたことを伝えると、交通安全課の担当者が事故の詳細を尋ねてきた。父は広域地図を見ながら事故を起こした詳細な時間、状況を事細かに説明した。警察官は事務的に淡々と調書を取っていくなかで、父の一言にペンを止めた。
「黒い救急車のような車に被害者が乗せられたのですが」
その一言を耳にした担当者は、父に尋ねた。
「もしかして、●●先生の秘書の方ですか?」
代議士に迷惑をかけまいと名刺すら出していなかったが、唐突に質問されたことで父は思わず「はい」と答えた。すると
「少々お待ちください」
と席を立ち、奥にいる上司に耳打ちを始めた。その上司も急いで席を立つとどこかへと走っていく。しばらくすると見るからに偉そうな人間が姿を現した。
「いや~、こんなところにご足労頂きまして申し訳ない!●●先生はお元気ですか?」
上機嫌に現れた男は警察署長だったという。父が事故について質問しようとしたところ
「昨日、事故はなかったと報告を受けています。先生にもそのようにお伝えください」
と笑顔で質問を遮った。その表情から全てを察した父は黙って警察署を後にした。
署から出るとパトカーに乗せられ代議士のもとへと送り届けられた。
黒い救急車って殺医ドクター蘭丸のやつか!
でも悪人は助けないだろうから別の組織かもしれない(笑)