夢の中で女に追いかけられる

私は女の顔を間近で見てしまう、この場面で毎度腰が抜けてしまう。
一階に到着するまでには歩けるように踏ん張るが、何度かそのまま放心状態になった事があり、その時はエレベーターの扉が開いて数十秒くらいで女が目の前に飛び込んでくる。
その後、殺されたのかは分からないが、女が私に飛び掛かった後は決まって現実で目を覚ます。
つまり、私は女に捕まると強制的に目が覚めるのだ。

今回の夢では、一階に到着してエレベーターの扉が開くと、私はすぐに走り出す。
エントランスを抜けて外に出ると、立ち止まらずに近くの植え込みに潜り込み、身をひそめる。
そうする事で、そのあとすぐにマンションから飛び出してくる女が私を見失い、叫びながらどこかに走っていく。
すぐに植え込みから出ても駄目だ。
前にすぐに植え込みから出たときは、姿を見せた瞬間に女が首を180度回してこっちに振り向くと、体は向こうを向いたまま後ろ向きに走り出した。
しかも、その奇妙な走り方でも犬並みに早いのだから失禁ものだ。

私はしばらく植え込みで息をひそめると、その後の方針を見定める。

ここからは未知なのだ。

最初は助けを求めて近所の家に向かったが、ドアを叩いたり声を上げると女が察知してやってくるし、そもそも私以外の人が居ない。
試しに学校や交番にも行ったこともあるが、人っ子一人いない。
この夢の世界には私と女の二人きりしかいないのだ。

更に言えば、このままここに隠れ続けたらどうなるか検証した事もある。
しかし、その場合は決まって体感一時間くらいのところで気が付くと植え込みを覗き込む女と目が合い、捕まってしまう。

つまり、この夢から覚めるためには女に捕まる事が大前提であり、そもそも女から逃げ切ったらどうなるか未だに私自身も分からない事だった。

それでも女から逃げるのは本能だからか、根源的な恐怖を抱いているのかは不明でありながら、私はいつも女から逃げ切る事だけを目指してた。
もしかしたら、女から逃げ切ればもう二度とこの恐ろしい夢を見ないで済むと信じて。

この日、今回も女に見つかる前に植え込みから飛び出し、学校を目指してみることにした。
別に大きな建物で廊下の両端に階段があって数階建てならどこでもいんだけど、学校の方が勝手が分かっている分、動きやすいというのが理由だった。
私は、階層をループするように逃げ回る事で、一日を目標に逃げ切ろうと考えていた。
敢えて隠れないのは、植え込みの一件からどこに隠れていても必ず一時間前後で女に見つかってしまうクソ仕様を見つけ出したからで、なら逆に見える範囲で延々と逃げ続ける方が確実性があると思ってのことだった。

それに不思議な事に夢の中だから体力的にはずっと走りっぱなしでも全然疲れない。
代わりに精神的にかなり消耗するが。

学校に逃げ込んで三階の教室の窓から外を眺めていると、やっぱり女が私の下へ現れた。
女は『ｱｱｱｱｱｱｯ、ｱｱｱｱｱｧｧｧｧｧｯ！』と喚きながら手足をバタつかせて校舎に突入する。
ここからが鬼ごっこの始まりである。

私はすかさず三階廊下に出て、廊下の端にある階段側で待機し、耳を傾ける。
女の『ﾍﾟﾀﾍﾟﾀﾍﾟﾀ』という独特な足音を拾い、私が居る方の階段を上ってくるか、それとも直線状の廊下から現れるかを探り当てた。
音は階段側から聞こえてくる。
すかさず廊下を全力疾走して反対側に移動すると、角から頭だけを覗かせて廊下の先を確かめる。
向かいの廊下に女が現れた。
例えるなら千と千尋の神隠しに登場するカオナシが千尋を追いかけまわすあのシーンのように、女は廊下の角から飛び出すと勢いを殺す為に一瞬だけ壁走りのようになったかと思えば、床に着地して獣のように四足で助走をつけ、二足歩行に切り替えて突進してくる。
もちろん、唾を撒きながら『ｱｱｱｱｱｯ』と叫んでいる。