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心霊

takeさんによる心霊にまつわる怖い話の投稿です

罪と罰
長編 2023/01/19 12:00 1,498view
私が高校生の時の話です。
本を読むのが好きなので、学校の図書室によく通っていました。
そこに、ちょっと気になる人物がいました。

その人はうちの学校の制服を着た女生徒でした。
図書室には、お決まりの多人数が座れる机以外に、壁際には長椅子が置いてあります。
ちょうど夕陽が差し込む窓際の長椅子に、いつも彼女は座って膝の上で開いた本を読んでいました。
利用している生徒たちは、みんな机に座るので、長椅子が使われることはあまりありません。
ときどき利用している生徒もいますが、直接西陽が当たる時間にはその椅子はいつも空いているのです。
そのときに彼女は図書室にあらわれて、指定席のようにそこに腰掛けて本を読むのです。

首を前に倒し、俯いた姿勢になっているので、長い髪が垂れ下がっており、顔は見えません。
西陽が逆光になって陰になっているからというのではなく、山に雲がかかって山頂が見えないように、顔のあたりに霧がかかったように、いつも薄暗く翳っているのです。
彼女が着ている制服はいつも冬服です。
夏服の季節はとても目立ちますが、そんな彼女に誰ひとりとして好奇の目を向けません。
彼女の姿は私以外には見えていないから。
その人は生きた人間ではないのです。

彼女は白くほっそりした綺麗な指をしていましたが、その指はページを繰ることはありません。
ずっと同じ頁を読み続けていました。
いつからそこにいるのか、なぜそこで本を読んでいるのか。
彼女から邪悪な気配は感じられませんでしたが、関わることはためらわれました。
彼女の邪魔をしてはいけない、という気がしたからです。

「図書室にいる女の人、知ってますか?」
同じ弓道部に所属する一年上の理香(仮名)先輩に尋ねてみたことがありました。
「うん、知ってる。私が入学してきたときにはもう居たね」
理香先輩は私などは足元にも及ばない、強力な『霊感体質』でした。
力の強い先輩の近くにいるせいで、高校時代の私の『霊感体質』も共鳴するように、研ぎ澄まされていたのです。
「まあ悪いモノじゃないから、そっとしておきなよ」
「はい……でも、あの人、何の本読んでるんすかね?」
先輩は涼やかな目をふっと宙に向けて、
「罪と罰」
ポツリと言いました。
「え、ドストエフスキーの?」
読んだことはなかったのですが、作者と作品名くらいは知っていました。
「どうしてわかったんですか、表紙は見えないのに……」
「前は、本を目もとあたりの高さで広げて読んでたんだよ、表紙が見えるように」
こんなふうに、と先輩は、本を読んでいるような格好で両手を目の高さに掲げました。
「あ、罪と罰だ、って思ったんだよ、もちろん口には出さずに心の中でね。だけど彼女には伝わっちゃったみたい」
それ以降、彼女は膝の上で本を開く、あの姿勢で読むようになったというのです。
先輩はちょっと肩をすくめて、手をおろすと溜息をつきました。
「悪いことしたかなあ、って思ってるんだよね」
「……見られたくなかったんですかねえ」
「かもね」
と、いうことはそれまでは顔を上げていたということか……。
私は俯いた姿勢の彼女しか見たことはありません。
「それじゃ今は俯いて顔が見えないんですけど、そのときは……」
「目がなかったんだよ」
先輩は私の問いを遮るように言いました。
「え?」
「それでも読み続ける、もしかしたらそれが彼女の罪と罰なのかも」
「罪と罰……」
私は思わず体を震わせました。
見えない目で本を読み続ける……それは想像を絶する苦しみのように思えたからです。
先輩は私の顔を覗き込むと、
「駄目だよ、憐れんだりしちゃ。気づかれたり、〇〇(私)君が同調してしまったら、まずいことになるかもしれないから」
厳しい表情とピシャリとした口調で言いました。
私は、「はい……」と頷くしかありませんでした。
先輩はふっと表情を和らげると、
「まあ、彼女もそんなことは望んでないだろうけどね」
そう言って首を傾げました。
私はどう返事していいのかわからず、黙り込むしかありませんでした。
先輩はそんな私をしばらく見つめていましたが、肩を、ぽん、と軽く叩くと、
「『苦しむこともまた才能のひとつである』、ってね」
と、謎のような言葉を言って笑いました。
「え、なんですか?」
意味がわからず問い返しましたが、先輩はそれには答えてくれず、
「それよりさあ、もう試合が近いんだから気合い入れて練習してよ、最近、一中(いっちゅう)とか二中(にちゅう)ばかりじゃん? そろそろ皆中(かいちゅう)出さないと、段位審査も受けさせてもらえないよ?」
と、厳しい口調で言いました。
「ああ、頑張ります」
(弓道はひと試合で四本の矢を射ちますが、的に矢が一本、二本中ることを一中、二中と言います。四本全て中ることを皆中と言います。とても難しい)
そこでその話は有耶無耶になったのですが、私がそれをドストエフスキーの言葉だと知ったのは、もっと後のことでした。
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コメント(1)
  • なんだか美しい話ですね

    2023/01/28/19:07

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