鏡の中の作業着

知人のMさんから聞いた話です。
Mさんは印刷工場に勤めており、仕事は土日祝関係なく回っていて、シフト勤務になっています。
週末や休日の仕事量は平日と比べて少なく、楽なので、社員の中には進んで土日祝のシフトを希望する人もいます。
Mさんもその一人でした。

Mさんは日曜日に出勤し、夕方の四時すぎに作業を終えました。
機械が動いている間は、稼働音のせいで話もできないほどですが、機械を止めると、静寂に包まれます。
平日は何十人も出勤していますが、その日はMさんを含め数人ほどだったので輪をかけて静かだったそうです。

着替える前にトイレへ行っておこうと、工場内のトイレに入りました。
手を洗っていると、前にある鏡に映っている自分の後ろに作業着が見えました。
手を洗うのに俯いていたので、顔をはっきりと見ませんでしたが、同僚の誰かがいるのだろうと思い、「おつかれー、今日も早く終わってよかったよな」と、
言いながら背後を見ると誰もいません。気のせいかと、前を向き直って手を洗い始めると、また背後に作業着が見えます。確かにMさんの後ろに誰かが立っているのです。驚いて振り返りましたが、やはり誰もいません。
ついに見ちまった……と、Mさんは思いました。
そのトイレは、今日のように人が少ない時に一人で入ると、怪異に出会う、という噂があったのです。
視線を上げないようにして、水を止めました。背後にはやはり作業着を着た何者かが立っており、顔の部分はぼんやりと霞んでいるように見えました。Mさんは顔を背けながら、早々にトイレを出ました。

それ以来、Mさんは平日の人が多い時以外は、少し離れた更衣室前のトイレを使うようにしているそうです。