奇々怪々 お知らせ

妖怪・風習・伝奇

雨女さんによる妖怪・風習・伝奇にまつわる怖い話の投稿です

ひだる神の峠
長編 2022/04/03 11:49 6,204view
0

「誰?」

声は崖下から聞こえました。
まさか……最悪の想像が働き、ガードレールから身を乗り出した私の背中が急に重くなります。

「うっ!」

たまらずその場にへたりこめば、背中に覆いかぶさった黒い影が不吉に蠢き、耳元で囁きました。

「ひだるい」
「あんた何、私をどうする気?」

虚勢を張って誰何しても返事はなく、背中の重みだけが増していきます。ああ駄目だ、立ってられない……ずしゃりと突っ伏して呻けば、霞む視界の端に新たな影をとらえます。影の群れが崖下から這い上がってくるのです。

倒れこんで抵抗できない私のもとへ、影の群れはうぞうぞと近寄ってきました。よくよく目を凝らし、その姿にぎょっとしました。異様に下っ腹が膨らんでいるのです。典型的な栄養失調の症状でした。何かで見た地獄絵図の餓鬼にそっくりです。

餓鬼たちは私に纏わり付いてずりずり、ずりずりと崖へ引きずっていきます。お願いやめてと心の中で叫んでも伝わりません、あるいは伝わっていても無視されます。

一体どうなるの?食べられちゃうの?もう少しでガードレールをこえる地点で、バイクのエンジン音が近付いてきました。

「おいあんた、大丈夫か!しっかりしろ!」
「この子喫茶店のバイトじゃねえか?」

お店の常連の青年たちの声がします。
間一髪、助かった……安堵に目を瞑り意識を闇に溶かす私の耳元で、あの声が呟きました。

「寿命が延びたな」

私はそのまま入院しました。体がひどくだるくて起き上がれないのです。医者は低血糖症を疑いましたが、正直な所よくわかりません。ベッドに横たわっていると、耳元で何かが囁きます。アイツらがまだ狙っているのです。

数日後、マスターがお見舞いに来てくれました。

「早く元気になって手伝ってくれ、看板娘がいないと皆がっかりする」
「はい……」

歯切れ悪く答えてうなだれる私に対し、マスターが思いがけない事を言いました。

「そうだ、君に渡してくれって変なお客さんに頼まれたんだ」
「え?」
「前に来たお爺さんだよ」

そういって店長に渡されたのは、白い紙に包まれた浄めの塩とお札でした。お札は枕の下に敷くのだそうです。

あのお爺さんは私の身に起きる出来事を予期していたのか……半信半疑のまま言うとおりにし、胸の上にお札をおいて寝ました。

やがて夜になり、不浄な気配が蠢き始めます。
下っ腹が不格好に突き出た餓鬼の群れが、私を囲んでざわざわ、ざわざわと騒ぎます。
しかしお札と塩の効果なのか、体に触れることができません。餓鬼の顔が口惜しげに歪み、やがて夜闇に溶け入るように消え去りました。

翌日、無事退院した足でマスターに挨拶に行くと例のお爺さんがオムライスを食べていました。
勢い付いて正体を尋ねた所、お爺さんはあっさり白状しました。

2/3
コメント(0)

※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。

怖い話の人気キーワード

奇々怪々に投稿された怖い話の中から、特定のキーワードにまつわる怖い話をご覧いただけます。

気になるキーワードを探してお気に入りの怖い話を見つけてみてください。