早朝の更衣室にて

従姉妹に聞いた話です。
彼女は高校の時、陸上部に入っていて、短距離走者でした。
試合も近く、早朝練習を行なっていた時です。

更衣室に行くと、彼女が一番だったらしく、他に誰もいません。
自分のロッカーの前で着替えていると、更衣室のドアが開き、誰かが入ってきました。
それはテニス部の同級生でした。更衣室は他の部と共同なのです。
「おはよう」
「おはよ」

「今日は早いね、朝練？」
「うん、そうだよ、そっちも？」
「試合近いからね」
「ああ、そうなんだ」
さほど親しくもなかったので、お義理のように会話を交わして、
先に着替え終わった従姉妹は「おさきー」と言って、更衣室を出ました。

数後歩きかけて、はっと思い出しました。
そのテニス部に入っていた同級生は、数週間前にアキレス腱を切る大怪我をして、

入院していると聞いていたのです。
慌てて、もういちど更衣室に戻ってみると、誰もいません。
人の気配はなく、同級生が使っていたロッカーも閉まったままです。
ほんの十数秒のことでしたし、隠れる暇もなかったし、
なにより、そんな戯れを仕掛けるほど親しい間柄ではないのです。

それから数週間後、その同級生は学校に出てきましたが、
杖をついて、しばらくは部活動にも参加していなかったようです。

あの朝、見たものは何だったんだろう、と、今でも不思議だと言います。