おむかえ
投稿者:ねこじろう (122)
トオルくんは大人しい方だが、そこまで消極的というほどではなかった。休み時間も普通に皆の輪の中に入ってくるし、ちゃんと自分の意見も言ったりもする子だった。
そんな普通に社交的なトオルくんだったが、体育の着替えの時だけは、何故か教室の片隅に隠れるようにして着替えをしていた。
ある日西野は興味本位から少し離れたところに立ち、分からないようにトオルくんの着替える様子を見ていた。
そしてアンダーシャツの後ろ側が偶然捲れ、素肌が露出した時、思わず息を飲む。
色白の背中や腰のあちこちには酷い青アザがあった。
帰り道、西野がそれとなくその事に触れると、トオルくんは俯いたまま独り言を呟くようにこう言った。
「父さんが夜になったら殴るんだ」
トオルくんのお父さんはほとんど家にいることがないらしく、たまに家にいる時も、突然意味なく激昂してトオルくんを殴ったり蹴ったりするということだった。
でもどうしてトオルくんのお母さんは、息子がそんな酷い事をされているのに放ったらかしにしているんだろう?
西野は疑問を持ちながらも担任に相談しようよと言ったが、トオルくんは
「絶対に言うな、言うと絶交だからな」
と怖い顔で彼の顔を睨み付けた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そしてそれは梅雨も明け、待ちに待った夏休みを控えた7月初め。
久しぶりにまとまった雨が降った日のことだった。
放課後教室に残り、西野が友人とゲームの話で盛り上がっていると、担任のM先生が「さあ、そろそろ帰ろうか」と言いながら教室に入ってきた。
慌ててバッグを持って教室から出ていこうとする西野に、
「他にも誰か居残ってのはいないかな?」と尋ねる。
彼は少し考え、こう答えた。
「雨なので多分、篠原徹くんがお母さんのお迎えを待って残っていると思います」
先生は西野の答えに一瞬面食らった顔をすると、すぐにこう言った。
「それはおかしいな。
きみは最近転校してきたから知らなかったかもしれないが、トオルくんのお母さんは去年亡くなられたんだよ。」
冷たいものがサッと西野の背中を通り過ぎた。
一気に心臓の鼓動が激しくなり、息苦しさを感じる。
「だ、、だって先生、、、」
西野は入口前で立ち止まり振り替えると、教壇の前に立つM先生に向かって、一言言いかけたが止めて教室を出た。
そして下駄箱のところまで行くと、学校入口の方を見る。
やはりトオルくんはガラス扉の前に立ち、じっと外を見ていた。
「トオルくん、、、」
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