バイトで集落行ったら奇妙な体験をした

この段階で俺達はこの男性を「仙人」と内々で呼ぶ事を決めた。

仙人は緊張して固まる俺達を一人づつ力強い目で睨むと「何だ？」と威圧的に口を曲げて言い放つ。

威厳だけはまさに仙人級だったが、ここで敵対心を与えては元も子もない。

俺はすかさず低姿勢で「すみません。僕達〇〇大学の生徒なんですが、ここに集落があると聞いて、恐れながらその、生活とか文化とかそういったものをインタビューできないかと思い訪れまして……」と、外面では平静を取り繕いながらも内心かなりテンパって話した。

俺のしどろもどろな説明にＡとＢが合いの手を打つ様に注釈を加えつつ、俺達なりに誠意を訴えた。
すると、意外にも仙人の表情は険しいものから少し柔らかく移り変わり、「そうか、遠くからご苦労だな」と兄貴風を吹かす様に腕を組みなおした。

これはイケる。
仙人は下手に出て煽てればスラスラと話してくれるタイプだと分かれば、一通り自己紹介を済ませる。
そうすれば、仙人は「何でも聞け」と高らかに言い放ち、俺達を家に招き入れてくれた。
ただ、仙人は家の中に引き返す際に歩き辛そうに片足を引き摺っていたのを覚えている。

家の中は想像した通り、かなり劣化しているのか廊下を歩くだけで床材を踏み抜きそうだったので、殆ど爪先立ちで安全そうな端を歩く事で乗り越えた。
案内された居間はよくわからない荷物や段ボールで埋もれて足の踏み場は無かったが、唯一残された三畳ほどの畳の上に小さな卓袱台が置かれていて、仙人が腰かければ「座れ」と促されたので、俺達は仙人に言われるまま畳の上に座り、卓袱台を囲む。

仙人「それで話ってのは？何が聞きたいんだ？」

そう言って仙人はヨレヨレのシャツの内ポケットからくしゃくしゃになったタバコの箱を取り出し、一服吸い始めた。

ただでさえ締め切ったカーテンのせいで薄暗いのに、太陽光に透けた埃と一緒に煙が漂い始めるので勘弁してほしかったが、ここはぐっと堪える。

俺達は互いに誰が切り出すかどうか肘で小突いては「お前が言えよ」「いや、お前が」「お前こそ」と擦り付け合いをしていたが、結局Ｂが代表を務める事になれば「……そうですね、じゃあ先ず、ここの集落に名前とかあったりしますか？」と無難な事から質問を始めた。

正直、このメンバーではＢが一番社交性が高く人見知りもしないので、この手の仕事は適任だと思っていた。

Ｂの質問を受けた仙人は「名前？知らん。俺が来た時はもう誰も住んじゃおらん」と怒っている様にも笑っている様にも見える複雑な表情で煙草を吸い込んでいた。
煙草の火種が赤く光ったかと思えば、仙人の口や鼻から大量の煙が広がるので、少し煙たい空気を咳払いで遠のけた。

Ｂ「じゃあ、仙人さんはわりかし最近この村に来たんですか？」

仙人の圧に負けじとＢが詰め寄ると、仙人はもう一度煙草を吸った後に「……まあ、数十年はおるわな」と視線を逸らして窓越しに空を仰いだ。

仙人の恰好から薄々ホームレスだとは思っていたが、その可能性が更に高まった。
だが、本人にホームレスですか？なんて訊ける筈も無いので、俺達は「へえ」と相槌を打つだけにとどめる。
と言うより、結構な歳に見える仙人だが、俺達よりかは恰幅が良い。
詰まる所、仙人に威厳がありすぎて機嫌を損ねるのが怖かったんだ。

俺はＢに小声で「もういいんじゃね？」と小突くが、Ｂは「もうちょい何か聞き出そう」と粘る方針だった。
ただ、俺達が何をするわけでもなく、社交性の高いＢが率先してインタビューするので困る事はないのだが、どうもこの家の中は居心地が悪かった。
それに充満するタバコの匂いもそうだが、今まで嗅いだ事のない異様な匂いがやけに鼻に残るのが気掛かりだった。

Ｂ「文化というか、集落ごとの風習とか調べてるんですけど、この村でそういうの見つけたりしませんでした？知ってたらすごい助かるんですけど」

仙人「ふーむ、風習……か」