捨てたい人形

でもそのときは、そろそろこの人形とも別れる時かもしれないと思ったんですね。
ずっと長いこと物置に仕舞っていたせいで、薄汚れてすごく不気味になっていました。

だから私は他のいらないゴミと一緒にこの人形も捨ててしまおうと思い切って、ごみの日に出すことにしました。
そしてゴミ袋に入れて、ゴミ出しの場所に出したのですが、仕事から帰ってきた深夜に部屋の前に今朝出したはずのゴミ袋がまるまる戻ってきていることにびっくりしました。

どうしてゴミが戻ってきたのかはよく分かりませんでした。
何か今日出したらいけないごみが紛れてしまったのかと思って探ったけど、結局特に問題のありそうなごみは全然入ってなくて、何が原因で戻されたのか分からなかったです。

ゴミ袋ごと戻ってきているので、多分ご近所の誰かがやったのだと思うのですが、理由が分かりませんでした。
ごみの中の人形を見て、なんとなく罪悪感が芽生えた私はゴミ袋から出しておきました。
なんとなく、ごみ袋に汚いものとして入れてしまったことを責められているような気がして、出さずにはいられなかったです。

翌朝は、仕事で早かったというのもあり、人形を捨てることをすっかり忘れて出社しました。

その日も先輩からきつい言葉を食らってしまったり、仕事で凡ミスを何度もやらかしてしまって、へこんで帰ってきました。
そして部屋に入ってわんわん泣きました。もうなんだか心がボロボロでした。

玄関にある人形とふと目が合って、なんとなく見られているような落ち着かない感じがしました。
そしてこっちを向いている人形を反対向きにして、私は彼氏に電話しました。この時に私の話を聞いてくれるのは彼だと縋ってしまったのでした。

電話が繋がって、しばらく彼は話を聞いてくれました。で、私は彼のマンションに車で行って慰めてもらいました。
しかし、仕事で来週会えないと言うと、突然切れた彼に殴られました。
今まで顔だけは殴られたことがなくて、本当に心から驚きました。
ちょこちょこサンドバッグのように殴られることがありましたが、だいたいお腹とか見えないところが多かったです。顔を殴られて私は怖くなって必死で自分の家まで逃げ帰りました。

部屋に帰るとまた涙が。仕事でもプライベートでもうまくいかない自分に涙が出ました。
部屋で一人でひぃひぃ泣いて、それから鏡に映ったぐちゃぐちゃになった顔にどんよりしました。

一瞬このまま死んでしまうことも考えたような気がします。
とにかくメンタルがやばくなっていることに自覚がありました。

そして顔をあげた先に、あの人形と目が合いました。向きを変えたはずなのに、こっちを向いていることの違和感に気づかず、私はすかさず人形を持ってマンションの階段を下りました。

何をやってもダメなのは、きっとこの人形のせいだと思い込みましたね。
薄汚くて不気味な人形があるからいけないとなぜか私は思ったんです。
だからこの人形を捨てたらまた明日はいい日がやってくると信じ込みました。

けれどごみ捨て場に捨てる直前に、元カレとの思い出がぶわっと脳裏に蘇ってきました。
彼が今もいたら絶対に私の支えになってくれるのにと思うと、またじわじわと涙が盛り上がってきました。

そして一人で泣きながら人形を見つめていたら、突然目の前の人形が私に言ったんです。「ねえ、捨てないの？」って。

あれはちょっと高めの男の人の声でした。
私はびっくりして人形をゴミ捨て場に放り投げましたね。