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不思議体験

vichuさんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

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短編 2021/07/08 19:17 1,381view

私の母は実家が島根県の田舎にあり、祖母が一人で住んでいた。そこへ夏休みや冬休みには家族揃って遊びに行っていた。輝かしい夏の情景を目に焼き付け、冬は賑やかで静かな年の終わりを過ごす。帰省した直後はうだるような暑さだったのが、帰りの日が近づくにつれて涼しくなってゆく。移りゆく季節を見るのが幼いながら妙に心を締め付け、好きだった。故に私は学校にて人一倍学業が修了し、休暇へ移行するのを心待ちにしていた。その帰省は私がまだ影法師を怖がる様な年齢から毎年途切れず行われていたが、高校受験前を最後に行かなくなってしまった。だが私の中では、すっかり第二の故郷として心に刻まれている。そこで私が体験した話である。
小学3年生頃の事だ。その日は朝早くから虫取りに熱中しており、朝の5時位から虫かごと網を携えて近くの公園を渡り歩いていた。
飽きることなくセミや甲虫の類を無造作に閉じ込めていると、何時しか辺りは夕焼けに包まれていた。眩しかった陽の光が今や柔らかな茜色となり、同時に道道に落ちる影とのコントラストを作っていた。遠くからひぐらしの鳴き声が聞こえる。夜が確実に近づいていた。
そろそろ帰ろうかな。そう思い捕まえた虫たちをカゴから逃がしていると、
「….おーーーい」
という声が聞こえた。なんだろう?家族が私を呼んでいるのかな?そう思って声のした方へ目を遣ると、遠くの田んぼのあぜ道に誰か立っている。
「おーーーーい」
時刻は夕暮れだったこともあり、うっすらとした輪郭しか見えなかった。農作業帰りの近所の知人だろうか?

「おーーーーーーーい」
また呼んでいる。仕方ないなぁ。そう思い近づこうと歩きだした。だがふと違和感を感じる。
「おーーーーーーーーーい」
その人影は手を振ることはおろか、身動ぎ一つせずに佇んでいる。直立不動なのだ。それによく見ると、身長が妙に高い。2メートル以上はあるのではないか。近所の者にそんな高身長な人は居ないはずだ。
「おーーーーーーーーーーーい」
それに声が、妙に平坦だ。普通なら長く息を吐くとき、自ずと抑揚が生じるはずだ。違和感が強まる。
だが私は、それから目が離せなかった。私が私でなくなったようにぼんやりとそれを眺め、そしてふらふらと歩み始めた。
「おーい、何してんの。」

ふと背後から声をかけられ、はっとする。振り返ると、そこには兄がいた。
「えっ…あっと..」
先程の人影を見ると、そこには誰も居なかった。遠くへと続くあぜ道が伸びているだけだった。辺りは日がすっかり沈み、暗くなっていた。
「ご飯できてるよ。はよ帰ろうや。」
言われるがまま連れられ、そのまま帰宅した。何となく家族に言う気にならず、私の胸にしまい込んだ。

それ以降、その人影を見ることはなかった。
あれはなんだったのか。近所の人だったのか、もしや人攫いだったのか、はたまた…?
今では分からない。

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