私が体験した恐怖

私は夜が怖い。
怖いといっても子供が怖がるような怖さではありません。生命の危機を感じるのです。
最近になってようやく家の中でくらいなら動き回れるようになってきましたが、
ここ十数年私は部屋から出ることも夜寝ることもかないませんでした。
こうなることなら、行かなければよかったと後悔しています。

私が16の頃の話です。私は高校卒業後の進路を親に否定され怒りのあまり家出をしました。
行く当てがない中で頭に浮かんだのは、テレビで見たキラキラした町、新宿でした。私は慣れない電車に揺られながら意外と気楽に考えていました。親元から離れて自由の身になったと考えていたかもしれません。新宿は親に否定され傷ついた私の心には美しく見えました。どこで遊ぼう、何して過ごそう、どこで寝ようかなど気が付けば私は楽しげな町の雰囲気に乗せられて浮かれていました。そうしてぶらぶら歩いていると歌舞伎町に足を踏み入れていました。あまり良い印象の無かった歌舞伎町はこの時の私の目にはまるでダンスパーティの会場のように美しく映りました。

見ているだけで楽しく、落ち込んでいた気分が上がっていきました。あの声を聴くまでは…

「助けて」

今思えば聞こえないふりをするべきでした。あれは紛れもなく男性の声でした。
私は夢心地の中から急に現実に戻されてハッとしました。そして、何を思ったのか
助けに行かなきゃと感じてしまったのです。今思えばこの時から何かあったのかもしれません。
私は昔からこういったことをする性格ではなかったのですが、この時ばかりは何故か助けることしか考えられませんでした。町の雰囲気に浮かれていた、親に逆らったことで勇気が身についたといった感じではありませんでした。ごく自然とその考えになったのです。

気が付けば私は真っ暗な人一人が通れるくらいの路地にいました。目を凝らして路地の先をよく見ると小学生くらいの女の子のような影が見えました。
きっとあの子が呼んだんだ。私はそう感じました。おかしいですよね。聞こえた声は確かに男性だったのにです。
私は早くいかなきゃと感じてその子の方へと歩き出しました。
この時から少しずつ目が慣れていきました。女の子に近づくにつれ少しづつ、少しづつ、少しづつ。
そして女の子も私が近づくにつれて体の向きを私に向けてきます。少しづつ、少しづつです。

女の子との距離が3メートルくらいになった時ちょうど女の子が半身になったんです。そして気が付きました。女の子の足元に男性が血を流して倒れていました。赤黒い液体が地面に飛び散っていてすぐに気が付きました。私は、女の子を反射的に見ました。早くこの場を離れないとと感じて女の子を引っ張っていくためです。しかし、反射的に女の子を見たときにもう一つ気が付いたんです。
女の子の体にはその男性のものと思われる血が体中についていて、その顔はまるで般若のように歪んでいびつで人の顔ではありませんでした。

私は大きく悲鳴を上げてしまいました。その瞬間、半身だった女の子の体がぐるりとこちらを向き、いびつな顔がさらにゆがみ

「見たなぁ」

そう言ったとたんそれは私めがけて走り出しました。私はとにかく後ろに向かって走り出しました。とにかく逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ…

次に覚えてるのは、起きたときには自分の部屋だったことです。そこからの私は話した通り外には出れず、部屋からすら出るのが怖く、夜は眠ることができない日々が続きました。親が親身になってくれたおかげでいいお医者様にも恵まれて、私はもうすぐ完治が見込めるそうです。
完治しても私は夜はもう二度と外には出れません。
…実は逃げてる最中のこと一つだけ覚えてることがあるんです。あの化け物が言ったことを。

「顔は覚えたぞ」