バレンタインデーの侵入者

私が大学生の時の話です。ある年のバレンタインデーに、私は自宅のキッチンで友達と交換するためのチョコレート作りをしていました。確か、14時頃だったと思います。

アルバイトがある夕方までに仕上げようと作業をしていたところ、ガチャと玄関のドアが開く音がしました。

実家でしたので、家族の誰かが帰宅したのだろうと思い、特に気にもせずにいましたが、一向にリビングへ来る気配がありません。

玄関を入ると洗面脱衣室とトイレ、二階への階段があり、廊下の奥に私がいたキッチンとリビングがありました。

兄弟が帰宅してそのまま部屋へ行ったのかと思いましたが、たいして広い家でもないので階段を上る音がしたら聞こえるはずですが、そのような音もありませんでした。

不思議に思ったので作業の手を止めてリビングから廊下に出て声を掛けましたが、返事もありません。家の中を見て回りましたが、誰もいませんでした。

確かに玄関のドアが開く音がしたと思ったのですが、空耳だったのかも、と思いそのことはすぐに忘れてしまいました。

夕方、誰もいない家の戸締りをして私はアルバイトへ向かいました。

アルバイトが終わって帰宅したのは23時頃です。普段から駐車場の車の横に自転車を停めており、いつも通り停めようとしたところ、自宅の車がないことに気が付きました。

我が家でその時車の免許を持っていたのは両親と私だけでしたので、父か母が車でどこかに出かけているのかなと思い家に入りました。

リビングには母がおり、車で出かけたのは父なのだと分かりました。しかし、時間はもう23時を過ぎており、こんな時間に出かけることなど滅多にありません。

「こんな時間にお父さんは何の用事なの？」と母に聞きましたが、「なんのこと？」と聞き返されました。ここでおかしいなと思った私は、「車がないから、お父さん出かけてるんだよね？」と聞きました。

この時の一瞬で血の気が引いた母の顔は、今でも忘れられません。

「車がない？そんなはずない。お父さんならお風呂に入ってる。」そう言って母は慌てて、浴室の父へ声を掛けに行き、その後玄関から飛び出しました。

私も後を追って外に出て駐車場を見ましたが、やはり車はありません。また玄関にあった車の鍵もなくなっていました。

車は盗まれたのだとその時に初めて発覚したのです。

その後、警察に通報し事情の確認や現場検証などが行われました。警察の方から、車はどこかへ売られてしまうかも知れない、解体して部品だけが売られる可能性が高いと言われました。

貴重品は載せていませんでしたが、家族の誰もがまさかという気持ちでした。

事情聴取の際、家族の話を照らし合わせて分かったのは、アルバイトに行っていた私以外の家族が全員帰宅した時点では家に車があったこと、その後私が帰宅するまでの数時間の間になくなってしまったこと、母が車のエンジン音を聞いたことでした。しかし住宅密集地の中にあるため、隣家の車の音だと疑いもしなかったということでした。

ここまでは単なる盗難の話ですが、我が家の車は数日後に近隣の駐車場にエンジンをかけたまま放置されているところ、近所の方の通報で発見されたのです。

ブレーキ等に危険な改造がされていないか、走行に問題が起きる可能性がないか点検されたうえで家に戻ってきた車ですが、車内に置いてあった小物数点がなくなった以外には何も異常はなく、その後数年間はその車に乗り続けました。

事件のあとしばらくしてから、あの日誰かが帰宅したと思ったが誰もいなかったということがあったのを思い出し、母に伝えたところ、母にこう言われました。

「もしかすると、その時本当に誰かが玄関を開けたのかも知れない。それは車を盗んだ犯人だったかも知れない。もしその時あなたが玄関まで出迎えに行っていたら、無くなっていたのは車じゃなくて、あなたの命だったかも・・・。」

私がいた時、誰かが玄関を開けて家の鍵か車の鍵を盗み、また夜にそれらを使って車を盗み出したのか、それとも家には入らずに何らかの方法で車を動かしたのか。

今でも犯人は見つかっていませんし、真実は分かっていません。

ただ、この一件以降は家族の誰もが帰宅後は玄関の鍵を閉めることを徹底し、玄関を入って見えるところに鍵を置くことをやめ、帰宅時は玄関で「ただいま」と大きな声で言うことと、リビングに必ず姿を見せることがルールになりました。そして私も、インターホンで確認できる時以外、玄関への出迎えはしていません。