あなたには貸せません

　実はこの物件を前に借りていただいていた方なんですが、ある日突然行方不明に
なり、今もその消息はわかっていません。入居された方が、この部屋で亡くなるとこの
部屋は事故物件として告知義務が生じます。しかし単に行方不明の場合はこの限りでは
ございません。夜逃げ、みたいなことも考えられますからね。３か月後、大屋様の
意向により、家財道具一式、倉庫に片づけました。それが12年前の話です。その後
しばらくして、次の入居者が決まりましたが、3ヶ月で引っ越されました。その理由は
話してくださらなかったです。この部屋には何かあるのかも、と正直私は思いました。

　その後、実に不思議な現象が続きました。部屋を「借りようと」する人、みんな
同じなのです。もりの様と同じ都市から来ていて、借りる予定は2年。職種は違いますが
全員小売業なんです。でも、みなさん、なぜか後日入居を断って来るんです。

　この時点で、私は「きっとこの男はここが他に契約が済んでしまっていて、それを
言い出せなくてこんな話を作ってるんだ」としか思わなかった。しかし。

　もう一人、借りていただいた方がいらっしゃいます。その方にはこのお話を実は
させていただいたのですが、構わない、ということで入居していただきました。
その方は1年、この部屋に住んでいただいたのですが、ある日、お店に電話を頂いて、
解約したい、その理由は「話したくない」とおっしゃるのです。お断りするすべは
無く、その方はすぐ退去されました。

　その方が退去された後、部屋の状況の確認のため、私はこの部屋に一人で入った
のですが、その時、生まれて初めて見てしまいました。部屋の入り口のドアを
すり抜けて入って来る者を。まるで自分の部屋に帰ってきたように見えました。

それは、半透明の男だったんです。私は恐怖で失神しそうでした。

　もりの様、正直に申し上げます。もりの様にこの部屋をお貸しすることはできません。
この部屋をお貸しすることで、もりの様に理由はわかりませんが嫌な思いをして
頂きたくないのです。代わりの部屋は私が責任をもって探させていただきます。
どうぞお許しください。

　私は意外な展開でしばらく口がきけなかった。そしてこう尋ねるのがやっとだった。

あの、その部屋に入ってきた者ってどんなやつだったんですか？

　はい・・・
　誠に言いにくんですが。

もりの様にそっくりな男です。