オヤスミナサイ

高校を出てすぐの頃、バスガイドをしていた。

その日は団体貸切で、日帰りの京都。お寺見て湯豆腐食べてのお決まりのパターン。

30人位だったかな。60～80代の団体で、公園が集合場所だったから最初は町内会の集まりかと思ったんだけど、様子を見てると初対面の人同士もいるっぽい。

みんな品がよくて、移動中の車内でお酒も飲まないし、雰囲気の良いグループ。

通常は、添乗にあたって何の団体でどんな関係性なのか確認するんだけど「まあ、ガイドさんも今日はゆっくりしていいのよ」なんて幹事のおっとりしたマダムに言われて、やんわり追及するなモード。

まあでも業務に影響はないし、そんな日もあるかな、とか思っていた。

そんなこんなで行程は滞りなく済んだんだけど、帰り道、事故の影響で高速道路が渋滞してしまった。電光掲示板を見ると、かなりの遅れになる。

映画でも流そうかと幹事のマダムに話しかけようとした瞬間、彼女が私の持ってるマイクをぱっと奪って、「みなさん！道路が渋滞してしまったようですが、私たちなら大丈夫です！」って叫んだ。

なにが？？って思ってたら、「そうだそうだ、私たちの力で問題を解決しよう！」ってお客さんが口々に言いだした。「トナエヨウ！」「トナエヨウ！」声はどんどん大きくなってくる。

目の色が変わっているし、さっきまであんなに穏やかだったのに、明らかに異常。

通路の前で固まってたら、その私に向かって全員がザッと立ち上がって「オヤスミナサイ！」「オヤスミナサイ！」「オヤスミナサイ！」って大絶叫が始まった。

全員、血走った目で私の目を見て、休むことなく、合唱団の人みたいに口をしっかりと開けて。

普通、素人が叫び続けたら途中でせき込むとか、声が枯れてくるとかあると思うんだけど、そんなこともなく。

怖すぎるから入口のステップ（客席から姿が見えない）に逃げようとしたら、マダムにガッと腕を掴まれて、結局私はずっと同じ姿勢でセンターに立ち続けた。頭が狂いそうだった。

運転士をちらりと見ると、彼も顔面蒼白だった。

ノロノロした渋滞の中、その地獄は1時間ほどだったと思う。

事故現場を通り過ぎて流れがスムーズになった瞬間一斉に、もうそれは本当に一斉にスッ…と静かになって、全員着席して、また和やかにそれぞれのお喋りをはじめた（正直このとき一番ゾッとした）。

私はもう刺激したくなくてずっとステップに隠れていた。

その後は道もスムーズに、朝集合した公園に着いて解散になった。

最後に残った幹事のマダムも何事もなかったように挨拶して帰って行った。

私も運転士も怖すぎたし意味不明すぎたし、営業所に帰ったら所長に「なんか、二人ともグッタリしてんな！クレームでもあったのか？」って心配された。

その後同じ団体からの申し込みはなく、結局、あの恐怖の時間はなんだったのかわからない。