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ヒトコワ

ろーどくだもんさんによるヒトコワにまつわる怖い話の投稿です

お札の値段
長編 2022/08/25 11:07 8,781view

結論から言わせてもらう。出た、思いっきり出た。
トンネルの真ん中を過ぎたあたりだった。
「ヒッ」
後ろから変な声がした。
吃驚して振り向くと、加賀が右の窓にシールの様に貼り付いて、左側を見ていた。
「左に何かいる。車と一緒に歩いてる」
磁石が反発するように、田中が左ドアから離れる。
「なんだよ、脅かすんじゃ…」
「ドン」
大きな音がリヤウインドウからした。
手形。リヤウインドウの汚れが、綺麗に手の形に切り抜かれていた。
「うわっ」
それからは、よく覚えていない。
多分、アクセルを踏み込んだんじゃないんだろうか。
ハッとして、急ブレーキ。車が止まった時には、トンネルを抜けていた。

目の前には、深い闇。ライトの光も届かない。断崖絶壁だった。
ゾッとした。先に言われてなかったら、ホントに突っ込んでたぞ、これ。

それから、俺たちはどうするかで揉めた。
トンネルを戻るか、夜道を前に進むか。
あの大人しい加賀が怒鳴るくらいだった。それだけ、怖かったんだ。
俺達、みんなが恐怖を感じていた。

結局、トンネルを戻ることになった。
道がどうなっているか分からないのだ。
トンネルを抜けたら、スマホは圏外になっていて、マップを使えない。
俺の愛車、中古の軽、にはカーナビなんてついてない。
もしあったとしても、こんな山道を案内できるなんて思えないけど。

「飛ばしていけよ」
田中が、青い顔で言った。
言われなくても、わかってる。
ハイビーム。トンネルが浮かび上がる。

何もいない。
「行くぞ!」
アクセルを踏み込んだ。
凄い勢いでスピードが上がる。いつもより速いくらいだ。
もしかして、車の奴も怖いのかな。そんなことを、チラッと思った時だった。
道の真ん中に、それが現れた。フワッと、急に湧いて出た。
黒い影。多分、長い髪の女。
「ヒッ」
俺と田中は声を上げた。加賀は、声も出さない。
見なくてもわかる、加賀、下向いて前も見てないだろ。
俺は、そのまま突っ込んだ。他にどうしようもなかったから。
女が、俺と田中の間を飛んで流れていく。
通り過ぎる瞬間に、顔が見えた気がした。
口を開いて、ニヤッと笑っていた。
白い歯だった。
金歯じゃないんだ、と思ったのを覚えている。
俺たちは、トンネルを抜けた。

3/6
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