一泊二日『洒落怖』体験ツアー
投稿者:らん (1)
その後も全く泡立たない石鹸や、丈が短すぎる浴衣など、舞が全ての恐ろしい呪いを引き受けながら夜は更けていった。
(もちろん、井伊さんが代替品を用意してくれていたが。)
「舞、美衣、もう寝た?」
返事はない。長旅だったし、二人とも疲れたのだろう。
私はというと、体は疲れているのに妙に目が冴えている。二人のことも考えるとスマホも使えないし、こうして一人思索をめぐらせる以外できることもない。
山奥特有の蛙の大合唱が聴こえてくる。。謎の虫も加わってきて賑々しい。
これが毎日ならば鬱陶しいどころではないだろうが、私にとってはもの珍しい。少しうとうとしながら耳を傾ける。
——達者 …楽 退… 無…獄 達者 …生極楽 退… …地獄 達者
蛙のオーケストラに、人の声らしきものが混じっているような気がする。何を言っているんだろうか。一人や二人の声ではない、もっと、大人数の、地鳴りのような…。
——達者 往生極… 退者 無間地獄 達者 往生極楽 退者 無間地獄
少し鮮明になってきただろうか。意味はわからないが、何を言っているかはわかるほどになってきた。
人の声に紛れて、金属の擦れる音も聞こえてくる。あまり良い金属とはいえない、錆びついた金属音。
——達者 往生極楽 退者 無間地獄
かなり近い。家の前の畑どころか、廊下でなっているような気すらしてくる。
すえた臭いが漂ってくる。
これも『呪い』なのだろうか?井伊さんがCDでも鳴らしているのかな…?それなら、この匂いはなんなんだろう。
——達者 往生極楽 退者 無間地獄
おかしい、近いなんてものじゃない。部屋に、誰かいる。
声は低く、重く、悪意をこれでもかと詰め込んだかのようだ。体の芯が震える。
——達者 往生極楽 退者 無間地獄 達者 往生極楽 退者 無間地獄 達者 往生極楽 退者 無間地獄
目を開けられるわけもない。すえた臭いの元は明らかにこの部屋に入ってきている。声が部屋の中で聞こえる。
声の発生源は、私の横。舞のあたりから聞こえるようになっている。井伊さんは一体どんな手を使っているんだ。
ダメだ。頭が働かない。眠気が…限…。
「愛?愛。もう9時だよ。おはよう。」
「愛〜?朝ごはん食べようよ。」
「ん、ん…。もう朝?」
「うん、よく寝てたね。おはよう。」
「おはよう。ねえ、昨日って。」
「散々だったよもう〜。私ばっかり『呪い』降りかかってさ〜。ねえ。」
「うん。超ミニ浴衣は傑作だった。」
「お、思い出させないで〜。」
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