山の神を怒らせちゃいけない

あまり疲れないように、汗をかかないようにゆっくりと進む。

ところが、30分、遅くても40分で車に着くはず。
なのに1時間経っても戻れないでいた。

車までは川沿いに1本道で、道を間違うはずもないし、
2倍以上も時間がかかるほどゆっくり歩いていない。
様子がおかしいことに気付いた。

なんとなく、森全体が暗いような気がした。
太陽は出ているはずだし、曇ってもいない。
だが朝一の太陽が完全に登りきる前よりも暗い。
まるで夕方みたいに。

景色もずっと変わっていないような気がする。
元々目立つものもないしほぼ景色は変わらないはずだから、
あと少し、あと少しあるけば車が見えてくるだろう。

・・・2時間が経った。おかしい。
気付くのが嫌で後ろを振り返っていなかったが、
後ろを見ると、十数メートル背後にあの倒木があった。

折れた木の裂け目から、何かがじっと見ているような気がした。

Aは小さいながらも祖父の代から続くフレンチレストランの副料理長。
食材は天然ものばかり使っており、ジビエ（鹿とか）を使うこともあって猟師との関わりがある。
そんなAが、馴染みの猟師に言われたことを思い出した。

「山で神様のお怒りに触れたら、
　まずは立ち止まって冷静になるんだ。
　帰ろうとするから帰れない。
　まずは水辺を探して、パンイチになれ。
　全裸って言われてるが神様もそこまで気にせん。
　死にかねんから浅いとこでな、
　仰向けになって全身水に浸かれ。
　目をつむって反省の念を唱えながら
　神様のお許しが出るまで。
　お許しが出るまで絶対に目を開けるなよ」