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ヒトコワ

海堂 いなほさんによるヒトコワにまつわる怖い話の投稿です

黒い影3~悪霊の正体~
長編 2024/02/04 22:46 1,534view
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黒い影の続きです。また、途中になってしまいました。すいません。(怖いのか??)

 「貴方には、少し長い話を聞いていただくことになります。」
 宮司さんは、深刻な顔をすると話を続ける。
「私の仕事は、見ての通り、この神社の宮司をしています。この神社の領域にいる人々の平安を守ることが主な仕事です。その中に、貴方のように何かに憑かれている人から、悪影響を及ぼす物を祓うことも仕事の一つです。」
「祓う?」
「宗教の種類により、様々な言葉がありますが、神道で言うところのお祓い、仏教でいうところの加持祈祷。キリスト教でいうところの悪魔祓い様々な言葉を使いますが、私に言わせれば、皆同じです。人間が作り出した思い。特に、悪い思いが積み重なると悪霊と呼ばれ、これが人に悪さをすると考えられています。こんな話をすると、大抵は、頭のおかしい人と思われるので、貴方のように憑りつかれた人にしかしないのですが…………。」
 宮司さんは、霊に関する話をしてくれました。宮司さんが言うには、霊は人の思いによって作られるので、心穏やかにいれば、霊は生み出されないと言っていました。だから、悪い霊を成仏させることは、ほぼほぼ不可能で、どの宗教でも構わないが、よほど我慢強く説得しなければ、悪い霊を成仏などさせることはできないとのことです。そもそも、神道には、成仏と言う考え方はなく、除霊、お祓いをすることで、悪い霊などを人間から引き離し、一定期間、悪いものが取りつかないようにするものだ。
「ファブリーズみたいですね。」
 私の口は私の意に反して出てしまった。悪霊=臭い、悪霊を祓う=ファブる、一定期間効果を保つという意味で、ファブリーズが頭に浮かんだのだ。すると宮司さんは、嬉しそうに笑っていました。私は、少し恥ずかしくなり、ほほを赤らめ、少しうつむいた。
 「面白い例えですね。わかりやすいので今度、何かの時に使わせてください。」
 私は、宮司さんの話に小さな違和感を感じていた。お祓いはできても、成仏はさせられない。と言うことは、悪霊は、常にどこかにいるということになる。
「宮司さん、一つだけ、質問が、あの、宮司さんの話だと、悪霊は、消すことはできない、と言うことでしょうか?」
「はい。」
 宮司さんは、迷わずに答えた。少しは、悩んでほしい自分がいた。宮司さんは、机にあった神社のチラシをめくると、何も書かれていない髪に胸ポケットから取り出したボールペンで、一つの円を描き、その中心にペン先を立てた。
「この中心が、この神社だとすると、この円が悪霊が入ってこないようにするための結界のようなものです。神社の規模や神主の力に応じて、この円は多少前後しますが、神社を中心には、半径10km~大きいもので50kmの領域(結界)が生まれます、悪意を持つ霊の侵入を防ぎます。一宮、二宮、三ノ宮強い霊ほど、結界の中に存在することができます。今回の残穢のように弱い霊は、普通、私たちの領域には入ってこれないのですが、よほど、本体の霊が強いのです。」
 宮司さんはボールペンに少し力を込めていた。
「本体の霊ってどんな霊なんですか?」
「もとは、哀れな霊なんです。」
「会ったことがあるんですか?」
「古い因縁ですよ。」

 宮司さんは、寂しそうな顔を見せると私に憑りついた本体の霊の話を始めた。
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 今から、約200年前のこと、時は、江戸から明治時代に移行したころの話です。その男は、貧しい家に生まれたが、それこそ、爪に火を灯す思いで、勉学に励み、努力の末、旧制中学に入学しました。
 しかし、彼は、大変純粋で、人を疑うことを知りませんでした。
 そんな彼も、旧制中学も卒業間近となった頃に、彼の地方でも政治運動が盛んになり、重税にあえいでいた町の人は、政府に対する不満を抱くようになっていました。彼自信はと言うと、外から声を上げても中央政府が変わることはないと分かっていました。だから、彼は、どこか冷ややかな目でそんな町の人たちを見ていたのです。
 そんなときに彼の中学に、東京の大学への進学と奨学金の話が来ました。彼は、東京の大学に行けば、見識や人脈も広がり、自分がこの地方を変えられるかもしれないと思い喜び勇んでその話に応募することにしたのです。彼に自信がなかったかと言えば、嘘になるでしょう。これまでの彼の努力や教師からの受けも良さ、何よりも、ここの暮らしを良くしたいという高い理想がある。
 だから、自分が選ばれるものと信じていました。しかし、実際に大学進学に選ばれたのは、彼の友人でした。友人の家は、その地域の有力者で、彼とは、幼馴染でした。彼は、友人のことを認めており、彼ならばと諦めることにしました。しかし、それ以来、彼は、密かに家柄を恨み、彼の心のなかのわだかまりが、消えることはありませんでした。政府は、能力重視で役人を登用すると聞いていたのに、実態は、家柄重視なのだ。
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「親ガチャですね。」
 私は、思わず口を挟んだ。
「私さんは、現代っ子ですね。彼も今の子たちと同じように諦めたのでしょう。」
 私は、少し、彼に同情した。私も、努力や才能だけではどうにもならない世界を知っている。しかし、一向に彼が悪霊になる要素がない。まさか、これで、彼が悪霊になったにしては、話が単純すぎる気がする。私が憐憫な表情を浮かべると宮司は再び話を始めた。
「話を戻しますね。」
 ーーーー
 彼は、中学を卒業すると師範学校を出て、故郷で教員になりました。先生と呼ばれ、尊敬される教員と言う職業は、彼にぴったりでした。
 教員になってしばらくした頃、彼の地方に新しい知事が、赴任してきました。東京の大学に行った彼の友人でした。大学で名を挙げた彼は、そのまま、中央の有力者とつながり、知事として帰ってきたのです。彼も喜びました。これで、この土地は、良くなると信じたのです。
 しかし、知事が友人に替わっても、町は、貧し今までした。知事が友人に替わってからしばらく後に、彼のところには、毎日のように土地の人が、やって来ては、昔から友人と仲の良い彼に、知事に町の実情を伝えるように言ってきたのです。しかたなく、彼は、友人(知事)のところに気乗りしないまま、行き、「どうにかならないのか?もう少し、税を下げられないのか?」などなど、町の人の思いを伝えました。人は、「分かっているんだ。それでも、今は、耐える時期なんだ。お前も分かるだろう。」
 彼は、友人の気持ちが痛いほど解っていた。だから、それ以上、何も言わずに彼の前から消えた。
 そんなときに、彼の地域に近い場所で内戦が起きたのでした。彼の土地の人たちは、日ごろの不満や反政府軍に地理的に近いことが決め手となり、反政府軍に味方しようという機運が高まっていきました。そこで、彼の地域でも反政府軍を組織することになり、頭目として祭り上げられたのは彼でした。彼は、先生と呼ばれ、保護者からの信頼も厚い。と反政府軍に加担使用するする者たちは思ったようです。
 そして、最初の事件が起こる。彼の地方で起きた反乱は、一気に県庁を攻略することに成功したのです。知事は、彼の目の前で殺されました。もちろん、彼は、殺す気などありませんでした。しかし、捕縛しよう考えていた彼でしたが、猛け狂った民衆が怒りの矛先をすべて、知事に向けたのです。彼の心に大きな穴をあけることになりました。

 そして、2つ目の事件が発生します。
 彼は、友人を失いましたが、それでも戦わなければなりませんでした。このまま、政府軍が何らかの形で譲歩してくれれば、彼の地方の民衆も助けることができる。しかし、彼は、悩みます。そして、彼が悩んでいる間に近傍で起きていた内戦において、反政府軍が負けたのです。
 最悪の時を迎えました。彼の地方の反政府軍は、最後の会議において、彼は、彼を祭り上げた人たちに言います。
「私は、明日、投降します。もちろん一人で。ここにいる誰も死なせはしません。すべては、私の責任の上に行った。私が皆さんを先導した。それでいいでしょう。」
 会議場は、すすり泣く声で満ち溢れた。彼は、そのまま、会議室を出て行った。
しかし、事態は、彼が会議室を出た後に大きく動いた。
「彼は、自分だけ助かるつもりじゃないか。」
 さっきまでの雰囲気が、猜疑心であふれた。
 そして、
 民衆は、彼を襲った。
 まず、民衆は、彼が逃げられないように足を切った。
 証言をさせないために舌を抜いた。
 文字で伝えるかもしれないから腕を落とした。
 彼には視界と聴覚だけが残った。
 次の日、民衆は、彼を政府軍に差し出した。彼が処刑される日、彼の目の前には、彼を裏切ったすべての民衆が彼を見ていた。彼は、ずっと、奇襲を受けたと思っていたが、裏切った民衆によって捉えられ、自らの保身のために売られたことを知った。腕をなくし、足をなくし、舌をなくした彼だったが、現実に目をつぶり、耳をふさいだ。悲しみの中、彼は、すべてに絶望した。この世のすべてを憎み、復讐を誓った。
 そして、内戦は、反政府軍の敗北で終わった。彼の町も許されたが、そこにいた大人たちはすべて原因不明の疫病で死んだ。全員、手足が腐り落ち、舌は溶け、目が見えなくなり、耳が聞こえなくなった。
 ーーーーーー
「と言うのが、私が、彼から聞いた話です。」
「そこまで聞くんですね。宮司さんって。」
「まあ、話を聞いて、満足してくれればよかったのですが、残念ながら彼は、それだけでは、この世の未練は断ち切れなかったようです。」
 宮司さんは冷めてしまったお茶を持ち、ゆっくりと口をつけた。

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コメント(2)
  • 肩に乗っていたのは女性ではなかったのかな?

    2024/02/05/15:26
  • 色々勉強になりましたが、悪霊は除霊されても離れるだけなんですね。

    2024/02/07/00:21

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