心霊ロケ

某局のディレクター、Aさんと飲みに行ったときの話。
私もテレビ関係の仕事をしているので、最近のテレビは〜とか、これからのテレビは〜とか、そういった話題で盛り上がっていた。私が「最近心霊番組って少ないですよね」と言うと、Aさんは「大変なんだよね、心霊って」と言った。

Aさんによれば大変といっても心霊的な意味ではなく、撮れ高の問題らしい。廃墟のあるような場所にロケに行くと数十万、場合によっては数百万の費用がかかる。それなのになにも起きなければ撮れ高がなく大損というわけだ。視聴者提供の心霊映像などはYouTubeなどで公開されているものと大差なく、やはりテレビでやるならばいわゆるオリジンと呼ばれるその番組で撮った映像がないと視聴率が上がらないらしい。テレビ業界にお金があった時代は何度もロケに行ったり芸能人を連れて行ったり出来たが、今ではそんな予算はない。そういうわけで心霊番組は大変だそうだ。
「俺も撮ったことあるけどね」
そう言ってAさんはその時の話をしてくれた。

Aさんが心霊ロケをしたのは10年ほど前、T県の廃旅館でだった。若い女性従業員が旅館の主人に首を絞めて殺されたという噂があり、その女性従業員が悪霊として住み着いているという。
ロケ先の廃旅館は温泉街からは少し離れた山の中に建っていて、壁の一部が崩壊していたり東屋が山の木々に飲み込まれていたり、いかにもな風体をしていた。
意を決してロケ隊が踏み込むと、いかにもな外観に反して中は綺麗で、拍子抜けするほどだった。きちんと店仕舞いがなされたようで家財道具に当たるものはほとんどなく、荒らされた形跡もない。カメラを持っているAさんとその前にドアなどを開ける役目のADが先頭になって一部屋ずつ回ったが、特に異常はない。
ロケ隊はついに事件の現場だという3階の奥の部屋まで辿り着いたが、やはり特に何も起きない。当時ADからやっとディレクターに昇格したばかりだったAさんは焦った。このままではなんの撮れ高もなくロケが終了してしまう。なんとしてでも面白い絵を持ち帰らなければ。Aさんは新人ディレクターだったため、指導役としてベテランディレクターのBさんもこのロケ隊に加わっていた。AさんはAD時代Bさんにかなりしごかれていたので、あとで撮れ高がないことを叱られるのではないかと思うと怖くて仕方なかった。
当時まだパワハラが当たり前だったテレビ業界で、Aさんはノイローゼ気味だったのかもしれない。とにかくなにか起こさなければと思い、神棚の上に置いてあった壺を床に叩きつけた。なかにはお神酒がたっぷり入っていて、近くに立っていたADの足にかかった。割れた壺をさらに踏み潰して粉々にし、塩の盛られた皿も同じように割った。注連縄も引きちぎって床に捨てた。それでも何も起きない。次はなにをしたらなにか起きそうだろうと考えていると、Bさんが止めに入った。

「もういい、もうやめよう。出ないときは出ないから、帰ろう」
Bさんがそういうなら、ということで撮影機材を片付け、壊した神棚や陶器の破片は一応集めて部屋の隅に置いた。ロケから帰って撮れた映像を見てもやはりなにも写っておらず、映像の中で一番怖いのは狂ったように神棚を破壊するAさんだったという。

「じゃあなにもいなかったんですね」
私がそう聞くと、Aさんはいやぁ、と言いながら、タートルネックの襟を引っ張ってみせた。Aさんの首には手型のように赤い痕がついている。左手の跡と右手の跡の間は3センチほど隙間があった。
「最初は小さなシミだったけどだんだん広がって、もうすぐ一周しそうだろ」
手型はちょうど、女性の手と同じくらいの大きさだった。背筋が凍るような思いがした。廃墟というのは荒れて泥棒が入ったりするものだ。話に聞いた廃墟は綺麗すぎるような気がした。人の足にかかるほどたっぷり入っていたお神酒は、誰が入れたものなのだろう。手型が一周したら、Aさんはどうなってしまうのだろう。
「うぜえなぁ、襟のある服しか着れねえ｣
そういえばAさんは夏でも襟のある、首の隠れる服を着ている。Aさんは怖がるというよりは、悔しがるような顔をした。

「15年もかけやがって、あの場で殺ってくれなきゃあ撮れ高にならねえよ」

私にはもう、呪いよりAさんが怖かった。