”よかったじゃない、最大手で”

私はとあるプロアスリートのファンなのですが、そのアスリートの身に今まさに起こっている出来事を語りたいと思います。
あまり詳細に書き込んでしまうと、もしその人物をご存じの方がいたら特定できてしまうかもしれないので多少の脚色やボカシを入れることをお許しください。

私がずっと応援していたそのアスリートはとても真面目で一本気な人物で、人格面も含めてずっとファンを続けていたのですが、何の因果かここ数年間で自身や身内に様々なアクシデントが続出してしまいました。
ご自身は突発的な事故に遭い選手生命を絶たれてしまい、ご家族にもとても不幸な出来事があり裁判をいくつもかけ持たなくてはならない状況に陥ってしまったのです。
そんな状況となっても本人は気丈に振る舞い、選手として活動ができなくなってからも指導者としての道を模索しながら必死で働いていらっしゃいました。
そんなおり、周囲の人々の助力でなんとか彼が指導者としてその世界に留まれることが決まったのです。
私もずっと彼の去就を心配していたのですが、その報告を聞いて胸をなでおろしたものです。

そしてしばらくしてから彼がちょっとした講演会のようなものを開催するとの話を聞きました。
私もずっと陰ながら応援していた身ですし、多少なりとも今後の援助になればと思いその講演会に参加することにしました。

ただあまりそういった場に縁がない身なもので、同じ趣味を持つ職場のかなり歳の離れた先輩にも同行してもらうことにしました。
しかしいざその講演会に参加してから、妙な違和感を覚えたのです。
彼自身の講演が始まる前に今まで彼を支えてきた先輩や指導者・縁者のみなさまが挨拶をするコーナーがあったのですが、その面子が少しおかしなことになっていました。
私は熱心なファンでしたので彼の関係者の名前はだいたい把握していたのですが、その中に見慣れない人物たちがいたのです。それも明らかに序列が上の方にその人たちの名が連ねられていました。
あまり具体的には言えないのですが、例えるならば両親や社長よりも上の位置にその人らがいるような感じです。
「今回の講演活動に新しいスポンサーがついて、そこの顔を立てるためかな？」などと考えていたのですが、そこで先輩がボソッと私に耳打ちしてきました。
「あの人、〇〇党の議員さんだよ。隣は××大でコーチやってる人だね。やっぱり噂は本当だったかぁ」
私は人物の名前には見覚えがありませんでしたが、その二つはさすがに聞いたことがありました。
「噂というのは？」と先輩に尋ねると。

「いやね、あの人立て続けに不幸が続いてたでしょ。そしたら入院先にわんさか押しかけてきたんだってさ、アソコの人らが」
「あの人真面目でまっすぐな人だからねぇ……取り込んじゃうのは簡単だっただろうねぇ」
鈍い私にもさすがに察しがつきました。見慣れない「関係者」とはあの日本最大手の新興宗教団体の人たちだったのです。
私は背筋が寒くなりました。あの団体が人の不幸につけ入ってくるという話は聞いたことがありましたが、まさかこんな身近な人がそこにのめり込んでしまうなんて。
私がひどく慌てていると当の先輩はにべもなくアッサリとこう言ってのけました。

「でもよかったんじゃない、取り込まれたのが最大手で。あそこは一応タレントとか有名人をうまく広告塔に使うノウハウは持ってるから。きっと本人にも悪いようにはしないでしょ」
「こういう時に一番危険なのはね、”大手”じゃなくて”マイナー”なのよ。マイナーなとこは人をうまく使うノウハウもないし資金力もないから当の本人から全部奪っちゃうのよ。しゃぶるだけしゃぶり尽くして廃人にしちゃう。ひどいとこだと洗脳して自殺させちゃったり殺されちゃったりするんだから。だからマイナーなとこは絶対ダメ。寄らば大樹の陰ってもんよね。そもそも宗教ってのは”生かさず殺さず”をきちんと弁えてるところが大手になれんのよ」
先輩は平然とそう言って笑いましたが、私は暗い気持ちになってしまいました。
あぁ、彼の不幸はまだ続いていくのだな、と。
いや、彼が信仰によって心の平穏を保てているのであればそれでいいのでしょうかね？