M子と安村似の話

そんな折、誰から始まったのかは覚えてないそうですが、決まって地主の息子の安村を推してくる勢力が沸いてきたのです。

「あの子は将来町長になるよ」
「M子ちゃん、安村とくっついたら将来安泰だよ」
「地主さんとこの息子は彼女いないから狙い目だよ」

と、気持ち悪いくらいに言われたそうです。

そんな話を新しくできた友達のA子に話したそうですが、A子は「まあ、田舎なんてそんなもんだよ。卒業したら結婚するのとか当たり前みたいなもんだし」と肯定的な返事でした。

確かに若い内に結婚するのは田舎あるあるですが、M子は将来やりたい事が定まっていたので祖父の容態次第では高校卒業したらこの村を出る算段です。
町医者の見解ではM子が高校卒業する姿は恐らく見せられないとの事だったので、M子は高校卒業と同時に村を出ていくものだと考えていました。

しかし、M子を苦境に立たせたのは学校行事でした。
当然学園祭とか体育祭とかあるんですが、事あるごとになぜか安村と組まされるのです。

フォークダンスを組まされた時は直接的なセクハラはありませんでしたが、手つきが嫌らしく鳥肌が総立ちしたと今でも思い出すだけでゲロを吐きそうだとえずいていました。

そんな安村の見え透いたアプローチを何とか回避し続けた冬のこと。
M子はいつの間にか安村の婚約者にされている事を知りました。
それはあまりに唐突な知らせで、M子が所用で安村のクラスに赴いた際、遠巻きに一部の男子達が「あ、安村の彼女じゃん」と口火を切ったのを始まりに「いや、婚約者じゃね？」とざわめき始めたのです。

思わず何の事だろうと呆気にとられていたM子でしたが、一人の男子が「親父が安村と○○(M子の名字)は親同士が結婚決めたって話してた」と言ったのを耳にして、「は？」と変な声が出ました。

(なんで私が安村なんかと結婚しなくちゃいけないの？)

そう思ったM子は学校終わりにさっそく両親に電話して事実確認を取ったそうですが、電話越しの両親は『え？おまえ安村くんのこと好きだって聞いたぞ？』とこれまた寝惚けた事を言うものだから「ふざけんな！」と怒鳴ったそうです。

しかし、両親はもう向こうの親と約束した事だからとか、地主の息子で将来安泰だからだとか、仕舞いには村のジジババと同じことを言い出した為に話にならないと思い乱暴に電話を切りました。

翌日、このままだと婚約が確定されてしまうと思ったM子は安村を校舎裏に呼び出してしっかりと婚約は間違いだと伝える事にしました。

「あれは親が私に確認せずに勝手に約束したことだから忘れて」

M子が真っ正直にそう告げると、安村の形相がみるみる内に強張ったらしく、今でもその時の赤く染まった般若の顔を忘れられないと言います。

M子から遠回しにフラれたような安村は、分かりやすく青筋を立てながら「は？ふざけてんな？」とM子に詰め寄りました。

さすがに怖くなったM子は「ご、ごめん」と言い残して足早に立ち去ったそうですが、少しだけ振り向いてみれば無表情で佇む安村が酷く恐ろしく見えたそうです。

M子が婚約の話を断った後日、いつものように家を出ると毎日挨拶してくれていた御近所さんが急に余所余所しくなりました。
M子が「おはようございます」と声を掛ければ、「ああ、はい」とめんどくさそうに相槌と共に舌打ちをされるのです。
あんなに安村の事を推してきたおじさんには「売女が」とか酷いことを言われた上にわざとらしく庭の水やりのホースで水を掛けられたりしました。

そして、M子を待ち受けていたのは学校での集団無視でした。

と言っても、全員ではありません。
安村に媚びへつらっているような取り巻きを筆頭に村や周辺の町の生徒達がM子を居ない者として扱ったのです。

特に厄介なのが担任で、その担任は安村の親の手が回っているのか執拗に小言を言ってきたり、あからさまに内申をいじってきたそうです。