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心霊

キミ・ナンヤネンさんによる心霊にまつわる怖い話の投稿です

車椅子の老婆
短編 2021/03/09 00:31 2,889view
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私はある福祉関係の施設で経理の仕事をしている。
誰にも言っていないが、私はいわゆる「見える」体質だ。

「それ」の見え方というのはその時の体調や条件で違う。
「それ」の体が半透明だったり、白黒に見えたり、眼球だけが無かったりといろいろだ。
「それ」に対して意識を集中するとそういう見え方をしているが、一見しただけでは普通の人間と全く変わらない。

ある日、お金を振り込むため銀行へ行った。
銀行に入ると、客が2人ほどソファに座り順番を待っていた。
ソファの横には、車椅子に座った一人の老婆がいた。
きっと付き添いの人がいて、この老婆の手続きを代わりにやっているのだろう。
私は番号札を機械から受け取り、その老婆の斜め後ろに座った。

車椅子は絶妙な場所にあり、横を通る人の邪魔にはならず、むしろ誰も気にしていない様子だった。

自分の番号が呼ばれて窓口に行き、何枚かの伝票を行員に渡してソファへと戻った。
その途中で老婆の横を通ったが老婆はピクリとも動いていなかったので、付き添いの人が席を外している間にうたた寝でもしてるのだと思った。
老婆の首は前へうなだれていて、その首筋にはミミズばれのような、何か傷のようなものが見えた。
着ているものと言えば季節外れの薄着で、両腕には大きな痣や打撲の跡のようなものまでが確認できた。
お年寄りは怪我や傷の治りが遅いから、なかなか治らないんだろうと、その時は思った。

私は座っている間、その老婆の背中を見ていた。
車椅子の背もたれには「介護付き有料老人ホーム 〇の里」と書かれていて、その名前には聞き覚えがあった。

「〇の里」は、この近くにあった老人ホームだが、数年前に他の施設に統廃合され、その建物は今は廃墟になりかけている。
統廃合と言えば聞こえはいいが、実際は事実上の廃業だ。福祉関係の仕事柄、そういった報道や情報が嫌でも耳に入ってくる。

廃業した原因はいろいろあったが、最も大きな原因は、ある女性の利用者を担当していた職員(Aとする)が女性の金を横領した事が明るみになった事だ。
その隠ぺいの仕方が巧妙で、施設の誰も気が付かなかったらしい。
その女性はいち早くそれに気が付いたものの、誰にも言えず、言ったところで信じてもらえないと感じた。
そこで、女性はAに虐待されていると訴えるために、Aが出勤、担当している時間を狙って自分で自分の体を傷つけていた。
ところが、女性は認知症が始まっていて自傷行為を繰り返しているだけだと判断された。
絶望した女性は、遺書にAに対する恨みや横領された内容などを書き連ね、首を吊った。
私が知っていることをまとめると、こんな話だ。

しばらく待つと私の番号が呼ばれ、再び窓口へと向かった。
振込伝票の控えを受け取り、振り向いて帰ろうとすると、老婆は顔を上げていて、私と目が合った。
いや、目が合ったというのは正確ではない。なぜなら、老婆には眼球が無かったからだ。
二つの黒い穴と半開きの口のその顔が、私に向かって「ニタァ」と笑った。

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