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  • 10/1 9月度怖い話グランプリを決定し、殿堂入りを追加しました。

ヒトコワ

遺品整理士さんによるヒトコワにまつわる怖い話の投稿です

死後の約束
長編 2021/03/05 17:28 2,934view
人が死ねば物が残る。残った物を遺族が整理する。その整理の手助けをする仕事を私はしている。

今回の現場、一人暮らしの老婆が孤独死したアパートの一室。6畳1部屋の狭くてわびしい部屋だ。それでも物はたくさんある。家電、調理器具、タンスに小物入れ、小机に布団、カーテンにマットレス。まだまだ他にも多くの物が部屋の中にはあふれている。それなりに散らかっていて、生活感を強く感じられる部屋だ。
今日の現場には亡くなられた老婆のひとり娘が立ち会ってくれている。娘さんの年齢は40過ぎで、亜希子(アキコ)という名前。結婚して家庭を持ったのを機に母親とは離れて暮らしていたそうだ。
遺品の整理を私は進める。
リサイクルショップに売れる物と、お金にならないので捨ててしまう物、あとは亜希子さんが持って帰りたいと希望する物とに分類していく。
亜希子さんが「あっ、それは」と小さく声をあげた。目線の先をたどって見ると、懐中時計がひとつ。
シルバーチェーンに黄銅色をした丸い時計が繋がっている。年代物でやや黒ずみのある一品だ。
「この時計、両親が大切にしていたもので」
と亜希子さんが懐かしそうに言う。
亜希子さんの父親が生前、肌身離さず持ち歩いていたもの。父親が十数年前に他界した折に、亜希子さんの母親の手に渡った。その後は、母親が大切に大切に保管していたそうだ。
「この懐中時計はとても手放せませんね」
亜希子さんはその懐中時計を自身のかばんにそっと仕舞い込んだ。  
父が着用し、母が形見として大切にし、そして今日は娘の手に渡った。故人が大切にしていた物が、生者の手に渡る。これは嬉しいことだ。売ったり処分したりするよりは、遺品が故人の親族の手に渡ることが最も自然で素敵なことである。

遺品の整理を続けていると、インターホンが鳴った。亜希子さんが対応に出る。
5人の男女が玄関の前に立っている。
お通夜に来れなかった弔問客が今頃来たのだろうか?それとも遺品整理の応援に来た親戚の方々?
どうやら、そのどちらも違うらしい。玄関に立つ5人の男女はお悔やみの言葉どころか、挨拶すらしない。亜希子さんも「どちら様ですか?」と恐る恐る聞いている。
「あなた方は誰ですか?」
5人の男女のうちの一人。髪に白髪の混じった初老の男が、私と亜希子さんに声をかける。
(それはこっちのセリフだけどなあ……)と私は思う。普通は家を訪ねた側が名乗るものだろうに。
「わたしはこの部屋を借りていた者の娘です。こちらは遺品整理会社の方でして……」
と対応するが、初老の男は亜希子さんの言葉を無視。亜希子さんを押しのけ、靴を脱いで部屋の中へと勝手に上がりこんでしまった。
初老の男の後ろにいた残りの男女4人も後に続き、部屋の中に入ってくる。
亜希子さんは怯えている。
知らない人間が5人も、自分の母が暮らしていた部屋に許可なく侵入してきたからだ。私もあっけに取られて固まってしまった。おしかけか、居直り強盗の類か。いずれにしても、この5人はまともな人間ではない。私にはそう感じられた。
初老の男が一枚の紙切れを黙って私たちに差し出した。どうやら、「読め」という意味らしい。
紙切れは亜希子さんの母親が書いた、『遺言書の写し』だった。

《○○(亜希子さんの母親の名前)の死後、財産をすべて処分して宗教団体××に金銭を寄付する》

遺言書の写しには、要約するとそのような内容が書いてあった。
つまり、亜希子さんの母親がこの世に残した価値のある物は、ひとり娘の手には一切渡らない。財産の全てが宗教団体××の手によって現金に替えられて奪われてしまう。そう書いてあるに等しかった。
「遺言にある通り、この部屋にある物は宗教団体××の所有物です」
初老の男が無機質にそう宣言すると、4人の男女に指図して、部屋の中にあった金目のものを全て手際よく運び出して行く。
家電家具はもちろんのこと、布団まで運び出してしまったのには呆れた。実は布団の綿は少額だがお金に換金できる。初老の男たちはそれを知っていたらしい。
ほとんどの物が運び出され、がらんとした部屋の中。売ってさばける物は全て持ち去られ、部屋に残ったのは価値のない雑貨やゴミばかり。
部屋の中で立ち尽くす私と亜希子さんの元へ、初老の男がやって来てまた紙切れを見せる。
今度は『売却する物品のリスト』らしい。
初老の男はそのリストの一部を指差す。
 そこには、
 『懐中時計』
 と確かに書かれていた。
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コメント(1)
  • そうかそうか

    2021/03/06/15:18

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