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心霊

リュウゼツランさんによる心霊にまつわる怖い話の投稿です

Baby in Car
長編 2023/01/14 23:46 2,480view
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車の運転経験はなくとも、助手席や後部座席に乗車経験がある人ならば分かってもらえると思うが、車に乗っていると時折、道路の凹凸部分に乗り上げた瞬間にフワリとした感覚に襲われることがある。

ブランコを漕いだことなら誰しも一度はあるだろう。何度も前後に漕いで勢いが付いた状態で、後ろから前に大きく漕ぎ出す時の、下腹部辺りがムズ痒くなるようなあの感じだ。

 車通勤している俺は、頻繁にその感覚を味わう機会があり、流石に通いなれた道の凹凸から来るフワリ感にはいい加減慣れてもいるため、今更いちいち反応することはないが、それでも意識はしてしまう。

ある日、ふとフロントガラスの汚れに気づいた。ワイパーに隠れ見え難い箇所にあったその汚れは、ティッシュで拭いても落ちることはなかったが、然程大きくもないし、まぁ気にすることもないかとそのまま忘れていった。

繁忙期でもあり、車のメンテナンスどころかガソリンすら入れ忘れることもしばしばあり、その日もガス欠寸前で近所のガソリンスタンドまで辿り着いた。

そこはセルフのスタンドではなく、最近は少なくなりつつある店員がガソリンを入れてくれるシステムなので、運転席に座りながらレギュラーを五千円分入れてもらうようお願いし、運転席に座りボーっとしながら電子タバコをふかしていると、やや高齢と思しき店員がフロントガラスを拭いてくれている。

ワイパーの所にある汚れをふと思い出し、しっかり落としてくれるといいなと咥えタバコでボーっと見ていると、白髪交じりの店員はガラスを拭く手を止めずに言う。「お兄さん、だいぶ””轢いちゃった””みたいですね」

揶揄うようでもなく、なんなら少し哀れみすら感じさせる口調の店員に「轢いちゃった?」とオウム返しで聞き返す。

「ええ。これ、時間の問題ですよ」とまたも意味深長なことを口にする店員に若干の苛立ちを交え「何をですか?」とやや語気を荒く問う。

しかし、彼が口を動かした瞬間、「ハイオク満タン入りました!」という若い店員の声に高齢の店員が発した声はかき消されてしまい、ちゃんと聞き取ることができなかった。

「すいません、もう一度」と言いかけた俺に優し気な笑みを向け、帽子の鍔を持ち軽く一礼した男は別の客の元へ向かってしまう。

後続車も数台並んでいたこともあり、「オーライ、オーライ」と若い店員はさっさと出ろとばかりに誘導する。渋々エンジンをかけ、追い出されるようにしてスタンドを後にした。

異変に気付いたのはそれから4日目の深夜だった。
仕事で帰りが遅くなり、23時を30分程過ぎた時、コンビニで夜食の買い物を済ませた俺は嘆息交じりに運転席に座りタバコに手を伸ばす。

「……あれ」

フロントガラスの汚れが大きくなっている。
最初に見た時にはせいぜい5センチ弱だった汚れが今は30センチ程にまで拡大している。
いや、拡大という表現は正しくない。

正確には『増えている』んだ。

「これは……」

ひとつひとつの大きさは5センチ前後。形は明らかに『手』の形をしていた。
 
全身に鳥肌が立ち、呼吸も荒くなる。
なんだこれは。なんで無数の手形が……。

目を逸らしたいのに見てしまう。それが何かを判然とさせることによって安心感を得たいのだろうけど、それは逆効果だった。見れば見る程気味が悪くなり、不必要な恐怖心を煽っていく。

タバコを持つ手が震えているのに気づく。落ち着け。何をそんなに怖がっているんだ。たかが手形じゃないか。子供の……。子供? なぜ子供の手がこんなところに付くんだ? 嫌がらせをしたいなら車に傷を付ければいい。なぜこんな遠まわしな嫌がらせを……。人間の仕業じゃないなら納得できるか……?

仕事の疲れもあり、正常な思考を失っている。胸をギュッと握り、荒くなった呼吸を落ち着かせようと必死だったが、落ち着こうと思えば思う程、心臓は激しく脈打った。

もはや軽いパニック状態だった俺は、それが誰かのいたずらだなんて到底思えなかった。
では、いたずらでなければこれはなんだ? 霊的な何かか? 俺にはいたずらされる心当たりもなければ、何かしらに祟られるような筋合いもない。

気持ち的にはこのまま車を乗り捨てていきたいところだったが、まだ家までは優に数キロはあり、駅までも遠く、この時間にタクシーをつかまえるのも面倒だ。
恐る恐るキーを回し、ゆっくりと車を走らせる。免許証取得以来、初めて法定速度を守り運転した。

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