非常階段の靴音

大学時代の先輩から聞いた話です。

「ひと月前から非常階段の靴音がうるさくってたまらないんだよ」
先輩の部屋は10階建てマンションの6階の角部屋で、ちょうど目の前が非常階段なのです。
夜中の二時から三時の間に、ハイヒールと思われる靴音が、カンカンカン……と駆け上がってくるのです。
それが1週間ぐらい続き、不眠気味になってしまったそうです。

管理人さんに相談すると、
「わかりました、注意喚起の貼り紙は出しておきますが……1週間ですか」
と、言いながら首を傾げるので、訊いてみると、
「他の居住者様からは、そういう苦情は出ていませんけどねえ」
とのことでした。

あれだけの大音量なのに？　と、先輩は不思議に思いました。

掲示板やエレベーターに注意書きが掲示されましたが、靴音が止むことはありませんでした。
3週間を過ぎ、業を煮やした先輩は、直接注意してやろうと待ち構えました。

午前二時過ぎ。
金属を打ち付けるような靴音が駆け上がってきました。
ドアを細めに開け、まずどんな相手かを確かめようとしました。
カンカンカンカンカンカンカンカン……。
「……え？」
目の前を駆け上がっていったのです、靴音だけが。
姿はまったく見えなかったそうです。

「寝ぼけてなかったし、酒も飲んでなかったんだぜ」
酒好きの先輩は苦笑しました。
「〇〇（私）、霊感持ちだろ、どうすりゃいいんだ？」
「どうするって言われても……俺、除霊とかできませんよ」
私は『霊感体質』であることを人には言わないようにしているのですが、先輩にうっかり話してしまったことがありました。
「ひと月前から急にってのが、ちょっと気になりますけどね」
「そこだよな、なぜひと月前からなのか。もう2年住んでるのにさ」
「そのあたりから探っていけば何か判るかもですけど……深入りしない方が」
「さわらぬ神に……ってやつか」

その後、先輩は廊下側の部屋で寝ていたのを、耳栓をしてバルコニー側の部屋で寝るようにしたそうです。
それでなんとか凌いでるよ、と笑っていました。