特養の浴室

以前、特別養護老人ホームで働いていた時「お風呂場にお化けが出る」という噂がありました。
自称霊感が強いという職員が、浴室の前を通るときに「駄目だ。ここは良くない空気が流れてる」と言い、別の職員は「昔ここで死んだ人いるらしいから絶対霊いるよ」と断言していました。

僕は霊感もなければ重度の鈍感なので、霊の気配も嫌な空気も全く感じませんでした。
しかし、とある夜勤の日。何かしらを感じることになります。

利用者のおむつ交換を定時に行わなければならないので、必然的にその浴室の前を通るのですが、突然中から「バン！」という大きな音が鳴りました。
強い力で扉を叩いたような音です。

今日は入浴があった日だからきっと窓を開けっぱなしにしてあるんだろうなと、中に入り窓を確認すると、全てしっかりと閉まっていて、鍵もかかっています。
おかしいな。じゃあさっきの音は何だったんだろうと思った矢先、「バン！」という音が室内に響きました。

流石にゾッとして、転がり出るような形で浴室から出て、マスターキーで施錠し、一旦落ち着こうと休憩室に向かいました。

夜食を少し食べて深呼吸をしていると数分で落ち着きを取り戻し、気のせい気のせいと自分に言い聞かせながら利用者のおむつ交換に向かいます。

静まり返るフロアを音を立てずに歩き、Ｎさんという、いつもはぐっすり眠っている利用者の部屋に。小さな声で「Ｎさんごめんね。おむつ替えに来たよ」というと、Ｎさんは今までみたこともないような気味の悪い笑顔で僕を待っていました。

僕は何も言わず、何も考えず、無心でさっさとおむつを替え、逃げるように部屋を後にしました。
二か月後に僕はその施設を退職しました。