風鈴

2022年8月13日、長年帰れていなかった故郷に、久しぶりにお盆休みをつかって帰る事ができた。その日の夜は懐かしい友人たちと深酒をし、すっかり気分を良くして帰りが午前様になってしまった。　余韻に浸りながら1人で農道を歩いているといると、ふとさっき聞いたオカルト好きの友人の話を思い出した。

それは私たちの故郷に昔から伝わる話のようで、内容は夏の夜1人で歩いていると風鈴の音と共に女が現われ、目をあわせると向こうの世界に連れていかれるといういかにもの内容だった。聞いた時は鼻で笑っていた私だが、今の状況はそうではなかった。　「・・・チリン・・チリン」 先ほどから遠くの方で風鈴の音が微かに聞こえて、徐々に大きくなってきたからである。それに加えて肌にまとわりつくような生暖かい風も何ともいえない嫌な雰囲気をつくっていた。

少しでも気分を変えようと鼻歌を歌おうとしたが、おかしな事に声が全く出ない。半分パニックになった私に次の瞬間、さらなる衝撃がはしった。なんと走っても走っても全く前に進まないのである。そして前方から風鈴の音がどんどん大きくなっていくのが分かった。

これは非常にまずいと思い必死に身体を動かすと、何故か前を向いたまま後ろに戻ることができる事が分かった。慌てて後ろにバックした瞬間、背中に何かが当たった。恐る恐る顔だけ振り返るとボサボサの長い髪の女がニターっと大きな口を開けて待っていた。

ゆっくり気が遠くなる中、「おかえりなさい」という女の何ともいえない不気味な声が頭の奥で響いた・・・。