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不思議体験

正負のシンクロニシティが怖くてたまらない
短編 2021/02/16 22:55 2,007view
シンクロニシティという言葉をご存知でしょうか?深層心理学者ユングが提唱した日本語に訳すと“意味のある偶然の一致”。
ググってみると前向きな引き寄せのように理解できますが、私は実体験から違った捉え方をしています。
私は現在独りですが、かつては夫も子どももいました。
こういう境遇の女性は星の数ほどいますが、この幸福とは言えない境遇に同じ様におかれている知人の外山さんの存在に負のシンクロニシティを感じざるを得ないのです。彼女との出会いは長男を出産した産院でした。

同じ日の殆ど同時刻に隣り合わせのの分娩室で出産し、産後直後の一週間を産院で一緒に過ごすことになりました。里帰り出産の私と病院の近所の彼女が同じ日に同じ病院で出産する確率はそう高くはなかったでしょう。これが最初のシンクロだったことになります。

次に驚いたのは、旦那が全く同じ誕生日だったことです。彼女と私は一回り違う同じ干支でした。これはよくあることですが、旦那との年の差が私は2歳年下、彼女は10歳年上でここだけでも結構びっくりでしたが、息子たちの誕生日の7日後という誕生日まで同じだったのです。

息子の一歳の誕生日の直前、花火を見に遊びに来てくれたのがうちに2人が訪れた最初で最後です。
その時もいくつかの不思議なシンクロがありました。一つは子供たちの甚平が全く同じだったことです。息子の甚平は当時小学生の甥からのお下がりで、外山さんは近所の人にもらったというから驚きでした。

もう一つは祖父母からの誕生日のプレゼントが特に流行りじゃない全く同じノーキャラクターのコンビカーだったことです。当時家の中で乗っていましたが、全く同じなので取り合になったのを昨日のことのように覚えています。

その後暫くは年賀状でのやり取りだけになりましたが、シンクロすることがありました。
うちの旦那はサッカー好きで息子にサッカーをやらせたくて2年生までやらせていましたが、3年生になった時息子の希望で野球に転身することになったのです。
そして、その年の外山家の年賀状にカナト君が野球のユニフォームを着た写真があって「カナト君も始めたんだ!」とまた驚きがありました。

中学生くらいからは年賀状のやり取りもなくなり、名前も思い出せない位希薄な関係になりましたが、高2の夏私たち4人は偶然再会を果たします。
息子は高校からは野球をやめてハンドボール部に入っていましたが、ある練習試合で対戦相手のチームにカナト君がいたのです。
たまたま、実家の近くの高校というので私も遠征を見に行って、外山さんは近所ということで見に来ていました。
この時4人で撮影した写真は今も残っていますが私は今は見ることが出来ません。その理由はこれから書く4人の負のシンクロニシティな結末を聴けば理解してもらえると思います。

息子は高3で浪人が決まった頃から体調が悪くなり半年後白血病と診断されました。
その頃から旦那がうつ病を発症し仕事を退職しました。息子は前向きで闘病中も出来る時は勉強していて最後までけなげでした。
私は大変でしたが息子のことを思うと人生を投げ出すことなど出来ず、旦那もそれは同じでした。

息子は何とか19歳の誕生日を迎えようというその日肺炎による急変で短い生涯を遂げました。そして初七日が終わった自分の誕生日に旦那がマンションの屋上から飛び降りて逝きました。私も後を追いたい気持ちでしたが、そんな勢いすらなく実家に身を寄せて暮らしていました。

息子の一回目の命日の数日前、スーパーの駐車場で3年ぶりに外山さんを見かけました。車に乗る所で目が合いましたが運転席に旦那さんじゃない男性いたので「ヤバい」と思って目をそらしているうちに車はいなくなっていました。
息子の命日、外山さんからラインが来ました。あの試合の日、20歳の誕生日に4人で会えたらいいねとライン交換していたのです。

ラインに書かれていたのは驚きの事実でした。一年前のこの日水難事故でカナト君を、さらに一週間後に交通事故でご主人を亡くしたというのです。無意識にスマホを放り投げて部屋の片隅で固まっていました。一体どちらがどちらを引き寄せたのか?死に向かう負のシンクロニシティ!これからも続くのか怖くてたまりません。
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記事編集(作者用) 作者プロフィール
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コメント(1)
  • 良作

    2021/02/26/05:18