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不思議体験

夏人さんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

きっちりさん
短編 2022/09/04 15:06 1,715view
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 大学時代の友人の話。とりあえずAとする。

 Aは大学から歩いて5分くらいの便利な位置に下宿してた。俺は実家から原付で登校していて、Aの住むマンションは道中にあったので、たまに遊びに行ってた。
 その日は、「寒くなってきたし、鍋でもしようや」てことになって、大学帰りにに二人でスーパーによって、食材やら酒やらを買い込んだ。それから実家から持ってきた土鍋があるというAの部屋に向かった。俺が先に原付で荷物を運んで、マンションの駐輪場で歩いてくるAを待つ形だ。
 Aは実家が太いらしく、学生の分際で結構広い1LDKの部屋に住んでいた。最近になって外観はリフォームしたらしい小綺麗なマンションだった。でも、築年数自体は結構いってるらしくて、もちろんオートロック玄関ではないし、エレベーターもない。
 Aが遅れて到着し、Aの部屋がある3階まで酒がずっしりと入った袋をもって上がると、結構息が上がった。
 それでようやくA部屋のドアの前に来た時、食材の袋を抱えていたAが
「やべっ。鍵忘れた」とか言い始めた。
「おいまじかよ」と思わず酒の袋をどさりと廊下に置いた俺。
「大丈夫!大丈夫!予備あるから」
 Aも袋を置くと、膝をついて、ドアに備え付けのポストの投函口に手を突っ込んでごそごそ探り、数秒後にセロハンテープが付着した鍵を取り出した。
「用意いいじゃん」と安心した俺はドアをガチャリと開錠したAに続いて部屋に入った。

「あったあった」とAは玄関横の棚の上にいつもの鍵を見つけ、その隣に予備のカギをちゃりんと置いた。
「なんだ。そもそも持って出なかったのかよ」
「そー。時々やってまうんだよね」
「ふーん」と一人暮らしの部屋にしては長い廊下を通り、リビングのテーブルに酒を並べている最中にふと気づいた。俺は実家住みなのでイメージがわかなかったが、よく考えればおかしくないか?
 鍵を家に忘れたら、そもそも鍵を閉められないのでは?
 おれは背中を向けてキッチンの戸棚を覗いているAに問いかけた。
「お前んち、部屋のドア、オートロックなの?」
「は?んなわけないだろ」
「じゃあ、なんでさっきドア閉まってたんだよ。鍵が中にあるのにおかしいだろ」
「ああ」
 Aは土鍋を持ってふり返って言った。

「きっちりさんだよ」
「きっちりさん?」
「うん」とAはうなずいた。
「きっちりさんが閉めてくれたんだよ」

 以下、鍋をつつきながらAがはなした「きっちりさん」の説明。
 まず先に、Aに合鍵を持つ恋人や同居人はいない。でも、どうやらこの部屋には「きっちりさん」がいる。
 初めてAがきっちりさんの存在を感じたのは、ドアではなく、窓だそうだ。Aはエアコンが得意ではなく、夏場はいつも窓を網戸にして寝ることが多いそうだ。そして朝起きて家を出てから「あ、窓閉め忘れた」と気づく。しかし、夜に帰宅すると必ずしまっているらしい。
 はじめはAも「なんだ無意識に閉めてたのか」と思っていたそうだが、あまりに何度もある。それも窓だけではなく、台所の小窓や、風呂場のすりガラスでも同様の経験があったらしい。
 一度、あえて開けたままにして部屋を出て、コンビニに行った。帰ってくると、その間にばっちりしまっていたそうだ。
「それもちゃんと丁寧に鍵までかけて、しかもカーテンまでぴしっとしまってるんだ。几帳面なんだな。多分」
 だから「きっちりさん」と命名したという。

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