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呪い・祟り

懐炉さんによる呪い・祟りにまつわる怖い話の投稿です

お手製の手軽な呪い
長編 2022/03/05 09:39 4,025view
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私には同じ大学を出た友人の田岡がいました。田岡はどちらかいうと地味で陰気、コミュニケーションが不得手で友人が少ないタイプです。私も群れるのは苦手だったので、ぼっち同士気が合いました。

大学卒業後田岡は一般企業に就職し営業を頑張っていました。一方私はフリーのイラストレーターとなり案件を請け負い始めます。駆け出しのイラストレーターの収入は少なく軌道に乗るまで苦労しましたが、幸いにも良いクライアントに恵まれ、数年後にはどうにか生活できるようになりました。

そんなある日久しぶりに田岡から連絡がきて二人で飲むことになりました。場所は大学時代によく通った居酒屋です。私が暖簾を分けて敷居をくぐると田岡は既にカウンターで飲んでいました。田岡の顔を一目見るなりぎょっとしました。目は落ち窪んで頬はげっそり痩せこけています。声が同じでないなら別人だと思ったかもしれません。

「随分ご無沙汰だったじゃないか。そっちはどうだ、景気が悪いのか」
「ぼちぼちな」

私は田岡の変貌ぶりを心配しました。田岡は笑ってごまかしました。しかし酒が入り酔いが回った頃合いに、上司のパワハラに苦しんで精神を病んでいる事実を教えてくれたのです。もともと田岡は神経質で几帳面な性格だったので、職場の嫌がらせには相当まいっているようでした。

「辞めるわけにはいかないのか?」
「簡単に言うなよ、やっと就職できたのに。実家の親にも申し訳が立たない。この景気じゃ他に拾ってくれる所もない」
「だからって体を壊しちゃ本末転倒だろ」
「元凶が病気でぶっ倒れるかして消えてくれりゃあいいんだが」

物騒な発言にぎょっとしましたが、田岡の心情を慮ると否定も肯定もできず黙り込むより他ありません。その日はまずい酒を飲んで別れ、しばらくして田岡の一件は忘れてしまいました。薄情だと謗られるかもしれませんが私にも日々の生活があり、古い友人の愚痴にかかずりあっている暇はないのでした。とはいえ心の片隅では常に田岡の身を案じていました。

一か月後の深夜、突然インターホンが鳴りました。私は在宅で仕事をしている為一日中家にいます。液晶を覗いて訪問者を確かめびっくりしました、マンションの廊下に立っているのは肩を落とした田岡です。

「どうしたんだこんな時間に。とりあえず入れ」

近隣住民の目を憚って田岡を通しました。田岡は暫く黙り込んでいましたが、意を決したように告白します。上司に呪いをかけたいから手伝ってくれと言うのです。もちろん困惑しました。そもそも素人が呪いだなんて……術師を頼るのかと聞けば、いいや自分で呪いをかけるのだと意固地に繰り返します。そして田岡が見せたのは、A4のコピー用紙にびっしり書いた呪文と紋様でした。

五芒星やセフィロトの樹を組み合わせてアレンジを加えた手書きの魔法陣は禍々しい気を放っていました。周囲に犇めく梵字だかなんだかわからない字がさらに威圧感を出しています。田岡は呆然と見守る私の前でライターを出し、用紙の端をチリチリ炙って焦がしました。本来五芒星は魔除けの意味を持ちますが、台紙を破ったり汚すことで呪いに転じるのだそうです。

四隅を黒く焦がしたあとに用紙をひっくり返し、田岡は言いました。

「ここに絵を描いてくれ」
「どんな絵?」
「恐ろしい絵だ。詳細は任せる。上司に呪いをかけるんだ」

無茶な注文に辟易しました。とはいえ深夜に叩き出すわけにもいきません、逆上して掴みかかられでもしたら面倒な事になります。仕方なくペンをとり、自分が思い付く限り最も恐ろしくおぞましい怪物を描き込みました。適当に描いたにしては出来がいいと満足します。田岡は私がイラストを描いた用紙を何の変哲もない茶封筒にしまって持ち帰りました。

呪いに加担してしまった後悔と罪悪感を覚えないではありませんが、これで田岡の気が済むならいいだろうとも思いました。この時点の私は呪いなど全く信じてなかったのです。

自分が描いた不気味な絵の事など忘れて日常に戻った半年後、再び田岡から電話がきました。

「やっとだ。やっと成就した」
「え?」
「呪いだよ。上司が死んだ。会社のビルの屋上から飛び下りた」
「嘘だろ!?」

淡々と告げる田岡の声は仄暗い喜悦を孕んでいました。紛れもない愉悦の含み笑いです。全身に冷や汗をかいて立ち尽くし、即座にパソコンで検索をかけました。田岡の会社や上司の名前は聞いていたので、結果はすぐに出ました。確かに数日前に上司は死んでいます。田岡が働くビルの屋上から身を投げたのです。ネット記事には遺書に描かれたイラストが掲載されていました。私が描いた怪物がそこにいました。

「まいばん ゆめにでる」

遺書にはたどたどしい平仮名でそう書かれていたそうです。
上司の自殺は心の病のせいで片付けられました。真実を知るのは私と田岡だけです。黙っていれば誰にもバレない、裁かれることはない……本当にそうでしょうか?なら何故あの怪物が、私が生み出した例のアレが毎晩夢に出てくるのでしょうか。

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