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不思議体験

上龍さんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

骨魚の弔い海女歌
長編 2022/02/05 20:10 3,130view
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俺が働いていた火葬場は九州の地方都市にあり、病気や事故、あるいは事件に巻き込まれて亡くなった方の火葬を請け負っていました。
遺体にもそれぞれ特徴があり、老衰で亡くなった方の骨は脆くてすぐ灰になります。
反対に水死体は骨まで水を吸収しているためずっしり重く、どうかすると棺から雫が滴ることさえありました。

その日は夜釣りの船から転落して亡くなった、五十代の会社員の火葬の予定が入っていました。
葬儀業者から受け取った棺桶は予想通り重くてしけっており、大量の水を含んでいるのがわかります。

炉裏に回ってバーナーの火加減を調整している時、ふと故人のプロフィールが脳裏を過ぎりました。

(まだ五十代だってのに気の毒に……奥さんやお子さんも落ち込んでたな)

水死体の火葬の場合、火力を強くしてよく焼かなければいけません。そうしないと焼け残ってしまうのです。水が芯まで浸透した骨は固く、鉄の箸で叩くとキィンと音がするほどです。

火葬が終了し遺族によるお骨上げが始まりました。
俺も神妙な面持ちで立ち合い、喉仏がどの部位かなどご説明していたのですが、ふと横を見ると故人の息子さんが顔面蒼白で震えています。

どうしたのだろうと視線を追い、言葉を失いました。ご遺体の腹部……即ち胃のあたりの灰から、奇妙な骨が突き出ているのです。
人体の骨とは異質な形状を疑って引っこ抜けば、それは魚のような人のような、正体不明の生き物の骨でした。

「ひっ!」

魚のような人のような、と曖昧な表現したのには理由があります。前方は人の頭蓋骨に酷似していますが、後方は左右対称の魚の骨にしか見えません。早い話が人面魚の骨なのです。

なにより気味が悪いのは何故胃の内容物がまるごとでてきたのか、ということです。
故人が人面魚を丸呑みしていたとして、火葬済みの遺体からそのまま骨が出てくるなんて考えられません。

もちろん現場は騒然となりました。故人の奥さんと息子さんは気味悪がり、参列者も大いにうろたえています。そもそもこのサイズの魚を丸呑みにしたのなら絶対喉に詰まるはずです。

故人の死因は溺死で窒息じゃありません。じゃあ人面魚の骨は一体……。

とにもかくにもお骨上げを終えてご遺族を送り出した後は、ぐったり疲れて気分転換の散歩にでました。
うちの火葬場の敷地には小さな池があり、そこで鯉が泳いでいます。

(人面魚の骨なんてどうしたらいいのか……こっちに押し付けられてもなあ)

池のほとりを歩きながら逡巡していると、急に背後から声をかけられました。

「息子の遺骨を受け取りにまいりました」
「えっ?」

不意打ちにドキリとして振り向けば、漆黒の喪服を纏った美しい女性がたたずんでいました。
まるで気配を感じなかったのにうろたえて見返せば、女は泣き腫らした目を瞬き、ゆっくり繰り返します。

「こちらで火葬されたとおうかがいしました」
「あ、は、はい。ご遺族の方ですね?安置室に案内します、どうぞ」

世間一般にはあんまり知られていませんが、火葬場には安置室といって、ご遺族が受け取りにこないお骨を保管しておく部屋が存在します。てっきり彼女もそうなのだろうと思い、安置室に連れて行ったのですが……。

「ここにはありません」

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コメント(2)
  • 美しい文章
    良い読み物でした

    2022/02/05/20:49
  • 美しいです

    2022/07/21/12:17

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