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不思議体験

上龍さんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

背戸のかくれん坊
長編 2022/02/04 23:00 2,306view
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当時、私は家庭の事情で父の田舎にあたる九州の祖父の家に預けられていました。祖父の家は平屋建ての日本家屋でだだっ広い日本庭園があり、松や桜や楓が鬱蒼と茂っているせいで昼でもなお薄暗いです。
近隣に同い年の子どもがおらず寂しい思いをしていた私の唯一の楽しみといえば、広大な屋敷を使ったかくれんぼでした。かくれんぼの相手をしてくれるのは通いの家政婦で杉田さんといいました。

偏屈な祖父は昼中離れにこもっており、私と杉田さんが母屋でかくれんぼをしているのを知りません。祖父に秘密を作るスリルもかくれんぼにのめりこむ要因となっていました。
かくれんぼでは鬼を決める際はじゃんけんをします。しかし子供好きで優しい杉田さんは必ず後出しで負けてくれました。私は杉田さんがゆっくり五十数える間に廊下を駆け、適当な場所に隠れます。祖父の屋敷にはたくさんの引き戸や襖が存在し隠れる場所には事欠きません。

「いーち、にーい、さーん、しーい、ごお……もういいかい」
「まーだだよ」

杉田さんの間延びした声に急き立てられて廊下を走っていた時、トト、と自分以外に足音が増えているのに気付きました。姿の見えない誰かが私に併走しているのです。びっくりして振り返っても当然誰もおらず、頭が混乱してきました。
こんな事してる場合じゃない、早く隠れなきゃ……もう少しで杉田さんが数え終わってしまうのにあせり、きょろきょろあたりを見回していると、急に肩を叩かれました。

「こっち」

甲高い子供の声が耳元で囁きました。釣られて顔を上げると、右手の壁に子どもが這い蹲って漸くくぐれる程度の幅の戸が設けられています。私は咄嗟にしゃがんでその戸を開けました。

戸の奥には四角い闇が続いており手のひらにざらりと埃が触れました。これはまずい、引き返そうと思った瞬間にガタンと音が立って戸が塞がれます。完全に閉じ込められて恐怖と絶望が襲いました。

するとトト、トトとネズミが走り回る音が聞こえ、私の目と鼻の先に気配を感じました。

「こっち、こっち」

またしても幼い男の子の声に促され、こうなったら進むしかないと腹を括りました。どのみちこの通路は方向転換する幅がなく、後ろに下がろうにも戸は閉ざされています。
半ば涙目で前方の気配を追って這い進むと、ざわざわした宴の気配が暗闇を縫って伝ってきました。

「何の音?」
「楠のばあさまが死んだ。弔いの宴だよ」

やがて前方に四角い光がさしてきました。男の子に続いて通路から転がり出ると、そこは朱塗りの膳が並んだ豪勢な大広間でした。今しがたまで聞こえていたざわめきはフッツリ途絶え、耳に痛いほどの静寂の帳が降りています。お銚子やお猪口、お箸はてんでばらばらに散らばっていました。

「誰もいないよ」
「お前がきたから逃げたんだ」

「どうして?」

宴の中断を自分のせいにされたのが不満で抗議すれば、男の子は妙に大人びた顔で哀れむように微笑みました。

「本当はここには来ちゃだめなんだよ」
「そっちが連れてきたんじゃん」

地団駄踏んで声を上げるとだしぬけに四面の襖が揺すり立てられ、地獄から吹く風じみた瘴気が立ち込め始めました。ガタガタ、ゴトゴト、ガタガタ……うるさく鳴り続ける襖に目をやり、危うく心臓が止まりかけました。
襖絵に描かれているのは魑魅魍魎の百鬼夜行図で、私と同年代の子どもたちが異形の妖怪から逃げ回っています。

「ここはまだはざまだけど、あっちに行ったら帰ってこれない」

男の子の意味深な発言を問いただす暇もなく襖の一枚がガタンと外れ、子共たちの悲鳴が上がりました。その一枚を皮切りに順に襖が倒れていき、部屋の区切りが消失します。

「うわあああああああっ!」

気も狂いそうな恐怖に駆り立てられ滅茶苦茶に走り出す私の後ろにおぞましい気配が殺到しました。襖から抜け出た魑魅魍魎が追っかけてきているのだと見ずとも察しました。一体どうしたら元の世界に帰れるのか、杉田さんや祖父はどこにいるのか何もわかりません。
パニックに陥って部屋から部屋へ逃げ回りますが、一向に部屋数が尽きないのも不自然です。いくら祖父の屋敷が広壮だからといって、こんなに広いはずないと断言できます。

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コメント(1)
  • チビりそうなくらい怖かったです。

    2022/02/05/05:18

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